「寝所の中か……」

 少し、真砂が渋い顔をした。
 狭い部屋の中から、あきだけを救い出すのは難しい。

「家老を殺せればな……」

 誰一人殺すことが出来ないというのは、結構厄介なのだ。
 真砂たちのような者からすると、邪魔者は全て殺すほうが簡単だ。

 悩んでいると、千代が気付いたように顔を上げた。

「いい考えがあります。わたくし、もう一度頑張ってきますわ」

 そう言って、着物の乱れを直す。
 捨吉が、心配そうな顔を向けた。

「でも千代姐さん。そんな身体で……」

「何とかなるさ。あんたも、あきが心配だろ。あんな男にこれ以上良い思いをさせるのは憎らしいけど、仕方ない」

 ふらりと身を起こす。
 真砂は何も言わないが、じっと千代を見た。

「真砂様」

 少し、千代が真砂に身を寄せて言った。

「半刻しても戻らなかったら、私たちのことは捨てて、脱出してください」

「……わかった」

 そ、と真砂の右手を握り、千代は立ち上がった。
 ちらりと真砂を見た後、意を決したように背を向ける。

「……気を付けろ」

 一瞬だけ、ぴく、と千代の肩が揺れた。
 だがそのまま振り向かず、前を向いたまま、千代は小さく頷いて、屋敷の中へと消えた。