目論見通り家老の刀は仕込んだ杯に当たり、大した傷は負わなかったが、流れる血が少なかった。
 胸を斬られたのに血が出ないと、死んでないのがバレてしまう。

 杯は両手で持てるほど。
 さほど広い範囲は守れない。
 訝しく思われて、別の場所を斬られたり、首を斬られたりしたら終わりだ。

 地面に転がった後で、密かに千代は、下になったほうの二の腕を裂いた。
 斬られた傷からの血と、自ら裂いた血で、欺くことに成功したのだ。

「お前の、そういう機転の速さは、真砂も感心していた。あきでは、こうはいかん」

「今回は、さすがにわたくしも、もう駄目かと思いました。でも、あそこで簡単に討たれてしまったら、真砂様にまで危険が及ぶと思うと、ただで死ぬわけにはいきませんし」

「お前は本当に、真砂第一だな」

 ふ、と息をついて言う清五郎に、千代は当たり前だというような目を向ける。

「清五郎様とて、そうではないですか」

「まぁな。でも俺とお前では違うだろ。真砂は確かに、党にはなくてはならない男だ。あれほどの逸材、ざらにはいないさ。それは誰より真砂を知っている俺が、一番わかっている。でもお前は、感情論だろう」

「真砂様が素晴らしいお人だということぐらい、わかっております。だからこそ、わたくしは真砂様をお慕いしているのですから」