「やっぱり寝ぼけてるんでしょ。馬鹿なこと言ってるって、気づいてる?」

母は血の気を失った顔で、でも気丈に笑ってみせた。
そしてまた包丁を動かし始める。
図太くも、しらを切りとおす気らしい。

「見たんだよ、私。結婚式の日、教会の庭で。お母さんと知らない男の人」

私はもう我慢できずに暴露した。
すると部屋には、再び静寂が訪れる。

「街のホテルに入って行くところも見たし、今日だって会ってたでしょ」

そこまで言えば、母もさすがに白々しいことは言わなくなった。
ただただ青い顔の母が私を見つめていた。

「……不倫相手とは、すぐに別れて」
「円」
「よく比呂くんの母親面できるよね。気持ち悪い」

私は母の言葉を待たずに言い捨てて、自分の部屋へと逃げ込んだ。
途中、「ご飯は」という声が聞こえて来たけど無視した。