「まぁ仕方ないわよねぇ。比呂くんなら難関大学だって狙えるわけだし、自分の勉強に集中させてあげなくちゃ」

何も知らずに、比呂くんの母親を気取る目の前の女。
なに食わぬ顔で不倫を続けて、今も家族を裏切り続けている。
その事実が、どうしようもなく私を苛立たせた。

「……どうしたの円、怖い顔して。気分でも悪い?」

無意識に母を睨み付けていた。
黙りこむ私を、母も不審に思ったようだった。

「誰のせいだと思ってるの」
「……円?」

母の顔が曇る。
もう、止められない。

「全部全部、お母さんのせいじゃん!」
「何の話を――」
「お母さんが、不倫なんかするから!」

私がそう言い放った次の瞬間、空気が凍るのが分かった。
母の包丁の音が止まる。時計の秒針の音だけが、いやに大きく聞こえた。