謎といえば、乾君もそうよね。
何で、こっちに来る気になったんだろう。
フラペチーノに釣られるわけもないし。
当然だけれど、枕営業をした記憶もない。

「乾君こそ。どうして本社へ来ることを決めたの?」

私の質問に、乾君は間髪入れずに応えた。

「碓氷さんが居るからです」

目を見て真っ直ぐ言い切られてしまった。

「え? 私?」

驚いて、目を丸くしてしまう。

河野じゃないけど、無碍に手書きのポスターを剥がしてしまった私に、多少なりとも恨みを抱いていてもいいくらいなのに。
そんな私が居るところへ、敢えてやってくるなんて。

仕返し、とか言わないよね?

思わず心が半歩退く。
総務統括なんかやってるけど、結構な小心者なんだよ、私。

私が何も言えず驚いているところへ、注文したランチが届いた。
それを機に、話がそこで終わってしまう。

それからは、乾君は、黙々と頼んだパスタを口に運び、私も一緒に黙々と口を動かす。
ただひたすらに、そんな時間が過ぎていく。

それにしても、会話がない……。
こんな感じの食事で、乾君はいいのでしょうか?

乾君と同期の子は本社に居ないけれど、せめてPOPのバイト君たちとわきあいあいで距離感を縮めながらの食事、なんて方がよかったような。

「美味しい?」

何もしゃべらずにひたすらフォークと口を動かしている乾君へ、思わず訊ねてしまう。

だけど、本当に訊きたかった事は、美味しい? よりも 楽しい? ってこと。
だって、せっかくのランチなのに、無言で食べるだけって、気が休まらないような。

「美味しいですよ」

訊ねると、お皿に向いていた顔を上げて、フォークの動きを止める。

「少し、食べますか?」

え、いや。
そういうことではないのよ。

「美味しいならいいの。うん」

なんか、ペースがつかめないよ、この子。
河野が飄々としているっていった意味、今なら理解できるかも。