「…はい、りんご」






「……あり…がとう」






「目ぇとろんとろん。寝ちゃうんじゃないの?」






そういって笑えば、また頷きが返ってくる。








「泣きすぎて目、真っ赤」







「……ぅん」







「ごめん、俺のせいだな…」







「……なんで?」







「早く帰ってこれれば陽も辛い思いしなくて済むよな」






「そんなこと…ない…よ」








そう言って陽は一つだけりんごを手に取った。




「あ、そういえば……明日季蛍さんち行く?俺明日またオペが入ってるから…仕事行っちゃうんだけど…。

蒼と季蛍さんが明日休みで、よかったら陽おいでって」






「……でも」








「……向こうは迷惑だなんて思わないと思うけどな」








「……」








「向こうの子供は皆実家で、明日は2人しかいなくて寂しいんだって。」







「……行く」







「そ?よかった」





蒼と季蛍さんに預けてれば安心だ…








俺の実家に預けてるより安心だったりする…なんて言ったら怒られちゃうか。








でも、







「……陽、俺は陽のこと…好きだからな」








「…………私も。




俺は、じゃなくて……俺もでしょ」








そう言って笑う陽は、俺にとっての癒しだ。


「おじゃま…します」





「どーぞどーぞ!!」






季蛍ちゃんに出迎えられて、家の中に入る。







「特におもてなしはできないんですけど…ゆっくりしていって下さい!」







「ありがとう…」







リビングでは蒼くんがパソコンを眺めていた。







「あ、陽さん。いらっしゃい」







「お邪魔します…」





「港はもう仕事行った?」







頷くと、蒼くんも頷いた。






ソファに腰掛けると、目の前の机に湯気を立てた紅茶が置かれた。







「…港くんから聞いてます。最近気分が優れないって」







「…あ、そうなんだ」







「気遣うことないので」







そういって笑った季蛍ちゃんは、キッチンへ入っていく。





本当に、暖かい人たちだ…なんて感じながら。

「赤ちゃん、順調みたいで良かったですね」






「あ、うん。……この間はお腹壊してびっくりして病院におしかけちゃったんだけどね」







「あ~、蒼が言ってた…」







「……ん?」







パソコンを見つめていた蒼くんが反応すると、季蛍さんは


‘なんでもない’





と笑いながら首を振った。








「…今は大丈夫そうですか?」







「うん、腸の調子を整えるお薬もらって…飲んでるから」







「そうですか、なら安心ですね。妊娠中はお腹下しやすいらしいですし」






「私知らなくて…病院に電話なんかしちゃって」







「そんなこともありますよ、初めてですもん!!」







「へへ、そうだよね…」






季蛍ちゃんはまた笑うと、紅茶をひとすすりした。

それから昼ご飯を用意してもらった。




ほんの少ししか食べられなかったけど…。







実を言えば季蛍ちゃんもほとんど食べていなくて、蒼くんに呼ばれる羽目になっていたから、季蛍ちゃんも私も…どこか似ているらしい。








残してしまったけれど、季蛍ちゃんは‘大丈夫です’と笑って済ましてくれる。







私はソファに座って、また紅茶をゆっくり飲んでいた。







季蛍ちゃんが蒼くんがパソコンを見つめる机を拭きに行くと







「…陽さんに薬飲ませた?腸製剤」







「……え?」







「腸製剤飲んでるんだろ?陽さん」








……そんな声が聞こえて。






蒼くんはよく聞いてるなぁ……と思いつつ。

「お水です。……薬持ってますか?」






「うん…、私も薬のこと忘れてた…」







「蒼はよく聞いてるんです。ほんと、怖いくらい」






「港も薬についてはうるさいからな…」







「蒼もですよ!!食後だの寝る前だのほんっとにうるさくて…過保護なんですよね」







「誰が過保護だって?」








ちょっとイラツき気味の蒼くんの声も聞こえた。









季蛍が陽さんとお喋りしている間、俺はリビングでしていた仕事を少し手放して洗濯をしていた。





この頃俺と季蛍、2人とも忙しくて溜まってばかり。







2人医者だと2人で家事をやらなきゃいけないので、もう洗濯なんて慣れたもんだ。






そうこうしていると、洗面所に季蛍が飛び込んできて。






洗濯機の上の棚に置かれた畳まれたタオルを掴むと、慌てて洗面所を出て行こうとした。







「ど、どうしたの…」






「…陽さんが薬吐いちゃった」







「…薬?」







「うん、水と飲んだらすぐに…」





そう言ってまた洗面所を出て行く季蛍。






洗濯機のスイッチを押すと、俺も季蛍のことを追うように洗面所を出て行った。









「陽さん、…大丈夫ですか?」






咳き込みを繰り返していた陽さんに、季蛍はタオルを渡す。







「大丈夫…、ごめ…んなさい…、今…」







「気にしないで下さい、うちではよくあることなんで…」








そんな季蛍の発言に、自覚があるんだな…と思って少し笑ってしまった。