コウのピアノの音が心地いい。

僕は目を閉じる。

コウは彼の持っているレパートリーをあきることなく弾き続ける。

縁側に置いた籠の端に赤とんぼが止まっている。

小さな庭には鮮やかな黄色い菊が花開く。




「おばさん、僕やっぱりコウとコンサートやりたいんです。でもあんなふうにコウが苦しむ姿は見たくない。どうしたらいいんですか?」

コウの母親はやっぱり穏やかに微笑む。

「ありがとうね、ケンくん」

ふと視線を僕からはずして、テーブルに置かれた柿をころころとまわし始めた。

「コウを私たちのやり方にあわせることは無理だと思う。コウは私たちが当たり前と思っていることが、コウには当たり前じゃないの。例えば、すばらしいと思ったらみんな拍手するでしょ。でもそれはコウには苦痛以外の何者でもないの」

今回のことでそれはよくわかった。

ケンの手拍子を聞いたときのコウのおびえた顔。

普段穏やかなコウからは想像もつかない。




僕たちの会話など聞こえないかのように、コウはピアノを弾く。