「うちは旦那に逃げられちゃって」

コウの母はまるで誰かの噂話でもするかのように、くすっと笑って言う。

「ひどいのよ、自分の息子に障害があるってわかった途端、蒸発しちゃったの」

蒸発?

我が子の障害がわかったからって……。

ケンはコウに架せられた重すぎる宿命の断片を見た気がした。

「残された私たちは途方に暮れたわ。コウを置いたまま仕事には出られないし」

僕は戸惑っていた。

こんな重大な話を、ほんの子どもである僕なんかに話していいのだろうかと。

しかし、コウの母親は、大人の友人を相手にするかのような話しっぷりだ。

「頼りになるはずの実家も、自分の孫に障害児が生まれたら世間体が悪いみたいで、遠まわしに帰ってくるなって言われたわ」

コウのピアノの音だけが響いている。

コウの物語にコウが自分で音楽をつける。

もちろんそんなこと本人は知りはしないが。

しかしそれがいっそう僕を切なくさせる。

「私ね、この子と死のうって思ったの。眠っているコウののど元に手をかけたわ」

この穏やかな微笑を浮かべる女性が、我が子を手にかけようとする図がどうしても浮かばない。

「そしたら、信じられないだろうけど‥‥見えたの」

コウの母の顔から笑顔が消えた。

「光‥‥ですか?」

ケンが戸惑いながらたずねた。

「え、なんで?なんでわかるの?」

コウの母は目を見開く。

「おばさん、コウくんの周りに神様の光が見えるんでしょ」

その目は……その瞳に吸い込まれてしまうのではないかと思うほどの輝きを放っていた。