コウは満たされたような顔で、仰向けのまま両手をあげピアノを弾く仕草をしてみせた。

やがてゆっくり起き上がると、コウはピアノの前に座った。

そして、今聞いたばかりの『乙女の祈り』を忠実に弾き始めた。



神様がコウの上に降りてきた。



直感というのだろうか。

僕は無神論者だが、これを神と言わずなんというのか見当がつかない。



そこにはいないはずの何かがコウを取り巻き、輝きを与えている。

天使の輪はないものの、コウの周囲には光の粉のようなものが瞬いている。

ぼくはうっとりその光景に見入ってしまった。


このときいったい何が起こっていたんだろう。

僕にはわからなかった。



「ケンくん、ありがとうね」

母親は丁寧に頭を下げた。

「そんな、お礼なんか‥‥」

「実は今まで何度かピアノを習わせようとしたことがあったの」

コウの母は照れくさそうに切り出した。

「でも全く先生の言うことが耳に入らないし、挙句の果てにパニックを起こして‥‥。で、先生から丁重にお断りされたわ。そのたびに、やっぱりコウには無理なんだって思い知らされたわ」

つらい思い出のはずなのに、コウの母のそのふんわりとした微笑みはまったくそのままだった。