コウの家のピアノはかなり年代の古いものだったが、しっかり調律されていて音に狂いはなかった。

大切に使われてきたのだろう。

磨きこまれた漆黒が輝きを放つ。

ピアノがアップライトなので、コウはピアノの下に潜るというわけにも行かず、縁側に大の字になった姿勢でそこにいた。

「本当に上手ね。これじゃコウが夢中になるのもよくわかるわ」

僕はピアノを弾く手を止めることなく弾き続ける。

「それにね、コウとのコミュニケーションの方法もちゃんとわかっているなんて驚いたわ」

母親は続けた。

「ケンくんに出会ってからコウのなかで何かが変わったような気がするわ」

『乙女の祈り』は他の曲と同じように何度も繰り返して演奏され、母親の「コウ、もうおしまいです」の言葉でようやく終わった。