ところがコウは手を振るどころか、母親の方は一切見ず、ケンのほうをじっと見つめていた。

「ケンくん、ピアノ弾きます」

突然コウがこっちを向いて叫んだ。

驚いた。

僕の名前を覚えていたなんて。



「ごめんなさいね。コウのお友達だったのね」

コウの母親はケンの顔をまっすぐ見つめて頭を下げた。

「い、いえ、そんな……」

ふんわりとした笑い方をする人だった。

小柄な体つきは頼りないが、まなざしは強い。



「よかったら、うちに上がっていきませんか?」