コウはピアノを見つめたまま立ち尽くしている。



「沢村先生の言うとおりだな。おまえ、本当にピアノが好きなんだ」



僕はピアノを弾けることですっかり気をよくしていた。



「それじゃあ、今日はショパンの『子犬のワルツ』!」

それに両親以外の人に弾いてほしい言われたのは初めてだった。

僕はとびっきりのいい音を求めて弾き始めた。



ところが‥‥。

「違います」

そう言ってコウが僕の手を止めた。



僕は何が起こったのかよくわからなかった。



困惑した顔でコウを見つめていると、コウは僕と視線を合わせることなく、ピアノに歩み寄った。

そして、この前の『軍隊行進曲』の初めの部分を弾き始めた。



「おまえ、ピアノ弾けるの?」



驚いた。

コミュニケーションもままならないコウが『軍隊行進曲』を正確に弾いた。



僕の問いかけには答えずに、コウはまた言った。



「ピアノ弾きます」

「そうか、『軍隊行進曲』をリクエストしたかったんだな」