袴田孝之の家は七戸の役場のそばにあった。

何もない野原の中にぽつんと一軒だけ建っているのを想像していたので、街中にあったのはちょっと意外だった。

旧家らしく、そのあたりでは群を抜いて大きな敷地と立派な屋敷だ。

アキは門の前に立ち、その家を前に戸惑っていた。

「どうする?一回電話入れてからの方がいいんじゃないの?」

幸は車の中から声をかける。

「うん‥‥」

幸にうながされて、アキが車のドアに手をかけたとき、背後から声をかけられた。



「どなただな?」

アキは振り向きながら、血の気が引いていた。

いちばん会いたくなかった、ケンの祖父に違いなかった。

「あの‥‥」

「わナンバーだな。旅行者かね?」

「あの‥‥ケンくんのおじいさんですか?」

それまで温厚そうな笑顔を浮かべていた老人の顔が引き締まった。

「そうだが、あんたは?」

「東京でケンくんのクラスメイトだった長谷川アキと言います」

ケンの祖父は、ためらっているようだった。

すぐに言葉が続かない。

「何しに来たのかね」

袴田孝之はぼそりと言った。

アキは腹を決めた。

ここまで来たらもう逃げも隠れもできない。

なんとかして自分の思いを伝えて、ケンに会わなくてはならない。

「どうしてもケン君に会いたくて、ここまで来ました」