帰りの電車。
夜八時の電車は、いつもよりは
人が少ない。
俺らは、七人がけのシートに座って
地元駅までの到着を待った。


俺の肩を借りて寝る美優。
甘いシャンプーの匂いが、電車が
振動するたびに香る。
いつもの、嗅ぎ慣れた美優の匂い。
いつまでたっても、
ドキドキすることは変わらない。


社内の中は、次から次へと人が出ては入っていく。
ふと目についた俺の向かいで寝ているオッサンは、七人がけのシートを一人で独占していた。


俺の手を握って眠る美優の指を見ると、
シルバーに輝く婚約指輪。
俺が一年前に、あげた特注の指輪。
内側には、美優のイニシャルが彫ってある。


思い出すなぁ。
特に何でもない日の、いつも通りの
レストランで食事をしていたとき。
俺は美優にコンパクトサイズの箱を差し出した。
そして俺か精一杯に吐き出した言葉。
『お、おれ、おれさ、美優のこと、、
しあわせに、するから…だから、俺と
けっ…結婚を前提に、こん、こんにゃく
してください!』


噛み噛みの、しかもオチを間違えた最悪の婚約プロポーズ。
あれは痛かったな。
だけど彼女は、フフと笑ったんだ。
そして俺は、もう一回言い直した。

『俺と…婚約…してください…』

今の俺とは到底想像のつかない
シャイ過ぎた告白。
美優は、笑いながら泣いた。

そして初めて美優からキスをしてくれた。


…懐かしい。
あの時からも彼女の性格は変わらず、
温厚で可愛い。とても純粋で。
もうすぐ奥さんになるのか。

愛しい。




暇だと、こういうことを考える。
そして一人で熱くなってる。
俺、中二病見てぇだ。

その時、俺のポケットの中の携帯が
なった。


着信源は、゛職場゛。
あー。終わった。

ダルダルと、電話を出る。
俺の後輩、拓也の声がした。

「しょうやん先輩!久々っすね!」
『おーう。久々だな』
職場仲間とはいえ、出勤日が
シフト制のその職場で、俺達が遭遇することは滅多になかった。
「声聞いたら愛しくなってきました」
『俺と交わしたいのか?笑』
「今日俺シフト入ってますや」
『俺今日休み~。俺男でもイケるぜ?』
冗談100%の、唯一コイツとできる会話。
久々すぎて、会話が弾む。

俺が調子に乗らなければ、こんな質問は俺の口から出なかったかもしれない。
『なぁ、それよりお前なんで職場の電話からかけてきたんだ?
俺の番号しらねーの?教えてなかったっけ?』
受話器の向こうで笑う彼を、俺はもっと早く気づけばよかったんだ…。

「しゅうやん先輩はやっぱり鋭いっすねー。
今日夜、足りないんすよ。人出が」
『ふうーん。うん、あ、は?!』
嫌な予感が背筋をよぎる。
「ということで人気No.1の修哉さん。
今日来てくんないっスカ?」
『は!?無理!俺今日疲れてる』
「え。まぁ断るのも良しっすけど、
光希さんからのお願いッスよ?笑」
『はぁ…?』

俺はひとつため息がでた。
嫌な方の。

光希さん、とは。
俺の職場の店長。リーダー。
まぁ、人気で言えば下っ端だけど。


『ぜってー断れねーじゃん』
「夜勤はギャラ増えるぜ?」
『っ!光希さん!いきなりビビンだけど』 
急な電話相手の切り替わりにビビる俺。
しかも、店長だし。



「どう?いっちょ夜勤いれとく?」
『夜勤って…基本夜勤じゃん』
「まぁ。ということだからさ。お風呂とかはいって、12時までには来いよ」

俺からの承諾もなく勝手に話をまとめる光希さん。
もはや俺なんかに拒否権はなかった。
『まぁ。了解しました』
「おう。センキュー」

電話を切ったあとの、疲労感。
やばい。


現在時刻は8時半。
あと3時間半。

こっから家まで30分かかるか
かかんないかくらいだから、
9時についたとして
10時までにお風呂を上がって…
まぁ、ぎりぎり間に合うか。



「次の駅は…」
電車内でアナウンスが流れる。
隣で眠る美優を起こそうとしたけど、
やめた。
すっげー爆睡してるから。(笑)




電車がとまると、
俺は美優をおんぶして家路に向かった。