久美子は川床へ出るとカウンターの一番鴨川寄りの席に腰掛ける。カウンター席の後ろ側は小さなテーブルとスツールが３セット置かれている。

「毎年この造りは変わらへんよなぁ。」

　川床を見渡して久美子はそう呟く。

「せやねぇ。」

　バーテンの大野は久美子の呟きに答えながらおしぼりを手渡す。

　久美子はおしぼりを受け取ると両手を軽く拭き、ラウンジ勤めの癖でおしぼりを三角形にたたみ始め、

「てかくみちゃん、今年初床なんちゃう？」

　と大野に言われ、

「せやねん。今日はお客さんに誘われて、せっかくやし床行こう言われてん。」

「同伴？」

「やったらええねんけどなぁ…うち今日休みやねん。まぁでもお客さんの奢りやしええかなって」

　久美子は笑いながらそう答え、大野にピルスナーお願いしますと注文をしてふたりはしばらく談笑していた。



　次第に川床の席に人が入り始め、大野とチーフの高橋に店長やほかのスタッフたちが慌ただしく動き始め大野との談笑は中断される。

　久美子はこの慌ただしさをどこかで楽しみながら頬杖をつきカウンターを見渡し、すっかり暗くなった鴨川に視線を落としてから川向こうに目をやった。

　すると薄明りの川向こうにカップルが抱き合ってる様があった。

「あ。抱き合ってる！」

　久美子は思わずそう声を出し、

「この辺りやとここらくらいしか静かなところないですからね。」

　それに反応して高橋がそう答えると、

「前はようああいうカップルめっけたらここのライト傾けて照らしてからかったりしててんで。」

　カウンター越しの酒瓶が並ぶ棚に取り付けられた直径１５センチくらいの黒い傘のついたライトに手をやりながら大野は笑ってそう付け加える。

「ホンマに！？　悪いことするわぁ…」

　久美子は驚きつつも笑ってそう答えた。そしてそれと同時に自分にもあんな―恥ずかしげもなく、人目もはばからず―ただ目の前のその人にだけ夢中になれた時期があったことを思い出す。