私の勢いに、滝山は圧倒されたように身体を仰け反らせた。
「薫子様を一人にしてしまったから、宜しくお願いします、と」
えっ……
「……それだけ?」
「さようでございますが……」
それ、だけ……。
「そう……」
北見さんは、やっぱり戻らないんだ。
だから、滝山にここへ戻ってもらった。
浮かしていた腰をストンと落とした。
「薫子様? 大丈夫ですか?」
「……大丈夫」
「北見さんからだいたいのことは伺いました。私のいない間にいろんなことがあったんでございますね。北見さんがまさか常盤ハウジングのご子息だとは……」
「うん……」
「あのDCHもこんなところまで薫子様を追いかけてくるとは。私がおそばにいれば、薫子様をそんな目になど遭わせなかったというのに……。本当に申し訳ございません」
滝山が目を潤ませる。
「……滝山は何も悪くないわ」
肩を落としてうな垂れる滝山の背中に手を当てた。
「そうだよ、滝山さん。それにこうして、北見さんがちゃんと助け出してくれたんだからね」
芙美さんが、「ほら、お食べ」と滝山の好物の饅頭を握らせる。
それに気をよくした滝山は
「薫子様、これからは私がおそばにおりますから。何の心配もございません」
包み紙を取りながら言うと、一口でそれを平らげた。
「前にも申し上げましたが、私は薫子様が嫁がれてもお仕えいたしますので」
「……ありがとう」
……でも。
「滝山はそれでいいの? お父様とお母様の元がいいんじゃない?」
「お二人は大丈夫です。私がいなくても楽しくやっていけますから。それをしかとこの目で見届けて参りました。それに、薫子様のことを託されましたし」
「よかったね、薫子ちゃん」
滝山が私の手をギュッと握る。
大きな温かい手がやけに私をホッとさせた。
“○月○日午後7時 会社を出て英会話のレッスンへ”
写真添付っと。
「調査報告書でございますか?」
パソコンに向かっている私に、滝山の声が後ろから掛かった。
「ほぉ」
興味深そうに画面を眺める。
素行調査依頼の報告書を作成していたのだった。
「薫子様、すっかり頼もしくなられましたな。探偵事務所の代表にふさわしいお姿。旦那様と奥様にもお見せしたいほどでございます」
「やめてよ、そんなことないわ」
滝山の大袈裟すぎるお世辞をやんわりとかわす。
私はただ……
「北見さんのお背中を見てきたからこそ、でございま――っと、失礼しました」
滝山はそこで口をつぐんだ。
北見さんの名前を出したことを“うっかりミス”だと思ったに違いない。
滝山の中ではどうも、北見さんの名前を出すことはタブーになっているらしい。
でも、滝山の言うとおり。
北見さんのしてきたことを真似ているだけなのだから。
「滝山、気にしなくていいのよ」
「……ですが、」
「私は全然平気だから。以前の私たちに戻っただけ」
「……さようでございますか」
「ほんと元気だから。ね?」
振り返って笑顔を見せる。
すると、滝山も大きな目を細めて笑ってくれた。
「そうでございますね。また、二人で頑張っていきましょう。この滝山がいれば、何の心配にも及びません」
頼もしいところを見せようと、胸を拳でひと叩き。
直後に「ゴホッ」とむせる。
「もう、滝山ったら大丈夫?」
「ええ、ええ、大丈夫です」
胸を押さえながら苦笑いを浮かべた。
――――――――
――――――
「モモ、クロ、ご飯よ」
私の一声でみゃあと鳴きながら二匹が擦り寄る。
なんとなくのんびりと過ぎていく時間。
高いビルに囲まれたこの事務所の中にも、穏やかな冬の午後の日差しが射し込んでいた。
「薫子様! 一大事でございます!」
久々に聞く滝山の口癖に、モモとクロの耳がピンとなる。
下でバイクの手入れをしていたはずの滝山は、鼻の頭を黒くさせたまま事務所へ飛び込んできたのだった。
「テレビテレビ……」
ブツブツと言いながら、リモコンを探す。
型遅れのテレビは、つい先日、滝山がリサイクルショップで見つけたものだった。
「下でラジオを聴いていたのですが……あぁ、あったあった」
ようやく見つけたリモコンでテレビを点ける。
チャンネルを忙しなく変え
「あ、これでございますね」
あるニュース番組で画面を注視したのだった。
「常盤ハウジングの株式総会が開かれ、」
あ……。
思わず私もテレビに釘付けになる。
「常盤沙織氏が社長となりました」
――沙織さんが!?
北見さんじゃなかったの――?
呆然とする中、画面は次のニュースへと切り替わった。
「このお方が、北見さんと異母兄妹の沙織さんでございますよね?」
「……ええ」
「例のDCHが社長にならないのは分かるとして、どうして北見さんでないのでしょうか……」
滝山も同じ疑問を抱いたようだった。
だって、北見さんはそのためにここを去ったはずだから。
滝山に私を託して、常盤ハウジングの社長としての人生を選んだはずだから。
それが、どうして沙織さんなの……?
滝山も私も、別のニュースに切り替わったテレビを見たまま、身動きができずにいた。
――カチャリ
不意に聞こえたドアが開かれる音。
滝山と揃って振り返ると同時に――
「おっ、テレビじゃないか」
思わずその場にへたり込んだ。
「薫子様!」
「おいおい、カコちゃん、大丈夫か?」
滝山と北見さんの手が差し伸べられる。
「どうして?」
北見さんを見上げた。
「社長を就任するのではなかったのですか?」
滝山が私の代弁をしてくれた。
「最初からそのつもりはなかったよ」
私の手を引いて立たせると、近くのソファへと座らせた。
「銀さん、急なわがままに付き合っていただいて申し訳ありませんでした」