薫子様、一大事でございます!



名前:モモ
年齢:4歳
好物:バニラアイス
特徴:ちょっと太め


えっと、それから……


走り書きしたメモを見ながら、パソコンへ打ち込んでいく。


苦手なもの:虫――……


あとは写真参照、っと。


印刷をクリックすると、しばらくウィーンと唸った後、気だるそうにプリンタが動き出した。


改めて写真を眺めてみる。


……うーん、ちょっと太めというよりもメタボを心配した方がいいような。

好物ばかり食べすぎちゃったのかな。


気持ちは分からなくもないけれど。


そんなことを考えながら、ギィギィとなる椅子に背中を預けていると、「おはようございます、薫子様」の声と共に、黒く光るヘルメットを抱えた滝山が入ってきた。


「おはよう、滝山」

「いやぁ、この頃は湿気が多くなってきましたねぇ。そろそろ梅雨入りでしょうか」


ポケットから取り出した大判のタオルでごしごしと顔を拭う。

そして、抱えていたヘルメットを大事そうにデスクの上へと置いた。


彼の名は、滝山銀二(たきやま ぎんじ)、65歳。


近頃は白髪も混じり始めたけれど、歳の割りに豊富な髪の毛はオールバック。

くっきりとした二重瞼に大ぶりの鼻は、沖縄出身らしい派手な顔立ちだ。


広い肩幅のせいか筋肉隆々に見えるその体は、実は脱ぐと逆の意味ですごいらしい。
(私は見たことはないけれど)



趣味のバイクにまたがると、とても還暦を過ぎたおじさまには見えない。


「どなたかお客様でも?」


テーブルに2つ並んだカップを見て、「もしや依頼ですか?」と滝山が嬉しそうに目を輝かせた。


「そうなの。これ」


さっきプリントアウトしたばかりの資料を渡すと、今度は大きなため息を吐く。


「……また猫ですか」

「写真はこれなの」

「いったい、いつになったらまともな依頼がくるのやら」


やれやれといった感じに肩を落とした。


まともな依頼といったって、それ以前に、今回のような猫ですらこなせていないのだから、やることを出来るようになってから口にするセリフかもしれない。


もう既に気づいているかと思うけれど、ここは探偵事務所。


私の名前は二階堂薫子(にかいどう かおるこ)。
歳は27歳。

この事務所の一応、代表だ。


構成人員は、目の前で落胆している滝山と私の二名のみ。

さっきも言った通り、猫を探してほしいという依頼すらまともにこなせていない、実績ゼロの探偵事務所なのである。


「ねぇ滝山、今度こそ見つけられるかしら……」

「そうですねぇ……」


滝山もやはり不安らしい。

今度は二人揃ってため息を吐いてしまった。


「ちょっと顔を洗ってきます」


うーんと唸った後、滝山は洗面台の方へと歩いていった。


その背中を見送りつつ、もう一度写真を手に取る。


黒と茶のトラ模様。

モモと名づけられた、どこにでもいそうな日本猫は、「捕まえれるものなら、捕まえてごらん」とでも言いたげに、不敵に笑っているようにさえ見えた。


……なによ。
絶対に捕まえてさしあげるわ。

今度こそ、ね。


ピーンとばかりに、写真を人差し指で弾いた。


「か、か、薫子様! い、一大事でございます!」


大慌てでやってきた滝山の顔は、洗顔途中だったのか、泡がついたままだった。


「どうかしたの?」

「なんと呑気な! どうかしたのじゃございません!」


滝山の一大事だという騒ぎっぷりにも、余裕で椅子にもたれたままにいられるのは、これがいつものことだからだ。


沸点が相当低いのか、滝山の"一大事”が本当に一大事だったためしはない。


「こ、こ、これはどうしたのでございますか!?」


滝山がプルプルと震える手で持っていたのは、小さな虫かごだった。


「あぁ、それね。それは今朝、大家さんにお借りしたの」

「いえっ! 虫かごのことじゃございません! コヤツです、コヤツ! これは一体!?」

「夕べ窓を開けたときに、ブーンと飛んで入ってきたの」


子供の頃にはよく捕まえて遊んだと言っていたから、滝山も相当嬉しいらしい。

はしゃぎすぎて今にも踊りだしてしまいそうだった。


夕べは一度見失ってしまったけれど、帰り間際に洗面台のところで見つけて、咄嗟にコップを被せたのだった。


今朝、その話を大家さんにしたところ、珍しいこともあるものだと、快く虫かごを貸してくれたのだ。