ガチャンという戸の開く音を、春子が聞こえなかったのは当然の話だった。何せ、揚げ物をしていたのだから。正確にいうと餃子。餃子って揚げ物なのか? と思うのも当然である。でも、少なくとも春子は餃子は揚げ物だと思っていた。

「ただいま~。」

春子の夫である海斗が帰ってきた。二人は結婚三年目である。

「ただいま~?」

ジウジウと音をたてる餃子。その音によって海斗の声は掻き消された。

「おーい、た・だ・い・ま~!!!!」

餃子は、声を春子に届かせるものかと意地を張り、(餃子に意地があるのか怪しいが)ますますジウジウ音をたてた。

「春子~!!!! 聞いてんのか~?」
「あらお帰り、海斗。」

海斗は一連のやり取りですっかり疲れてしまった。餃子は相変わらずジウジウ音をたてている。

「あ゙~、疲れた。なぁ春子、今日の夕飯は何だ?」
「帰ってきていきなり!? 少なくとも手を洗ってから聞いてくださんか?」

春子はため息まじりにそういった。

餃子がじゅぅ~と音をたてた。まもなくして、春子のいたキッチンが黒い煙に包まれる。

「あららら……。餃子が焦げちゃう!!」

春子は煙を払いながら大切そうにそういった。

「俺より餃子のほうが重要なのかよ……。」

海斗のぼやきは春子に聞こえなかった。