「そんなこと言った?」
話を戻した芽依ちゃんに今度は俺が首を傾げる。
「意識せずにサラッと言ってしまうのが、持田の怖いところだよね」
「ありがとう」
「別に褒めてないし」
そう言ってまた俺のポテトに手を伸ばす芽依ちゃん。
いや、オムライス食べなよ。
良いんだよ?全然良いんだけどさ。
「そう言えばさ。水族館に着く前に言ってた嬉しかったって、何が?」
怒ってるんじゃないって。
でもあれから考えたけど何が嬉しかったのか俺にはさっぱり分からない。
女心って、難しいよな。
「……何でバカなくせにそんなことは覚えてるかな?」
手で顔を覆って嘆く芽依ちゃん。
でもいくら小顔でも、全ては覆いきれてなくて、わずかに見える部分が赤い気がする。
だけ意味が分からず、ポテトに手を伸ばす。
「持田に、ちょっと待っててって言った後。お母さんにね " 素敵な彼氏ね " って持田のこと褒められて嬉しかったの。わざわざ迎えに来てくれたのも嬉しかったの」
「……え」
手に取ったポテトを思わず、落とした。
「デートもすっごく楽しみだったの。だけどね、恥ずかしいからバレたくなくて、表情に出ないように頑張って、た…の」
どんどん言葉に力が無くなっていく芽依ちゃんが可愛くて可愛くて仕方がない。
数時間で一体どんだけ俺に可愛いって思わせるわけ?
「幸せだな…って思っただけ」
手を退けて、そう言って微笑んだ顔が、あまりに綺麗で言葉を失った。
クスッと笑って俺が落としたポテトに手を伸ばす。
「だから、ずっと傍にいてね?」
……ずるい。
俺の彼女は、とてつもなくずるい人だ。
いつもツンツンしてて口も悪いくせに。
突然素直になって、こんなことを言い出すんだから。
どこまで惚れさせたいんだよ。
てか、さ。
「鬱陶しいなんて言ったって離れてあげないから、安心して」
「……バーカ」
だって、こんな可愛い芽依ちゃん置いて、どこに行けって言うんだって話。
好きだよ、芽依ちゃん。
ほんとに、好き。
ー小悪魔彼女ー
どれだけ頑張っても消えない想いがあった。
私を呼ぶ声も、触れた温もりも
あの瞳も、彼の存在全てが。
今でも私の中から消えてくれないの。
……ねえ、海。
今のあなたに私を思い出す日はありますか?
「……っ、夢か」
自らの手を額に当てれば汗でぐっしょり濡れていた。
悪い夢を見た。
こんな日は治って、もう傷跡さえない右手首が痛む。
この世界から消えようと思って、ある日私は自分自身の腕を切りつけた。
でも傷も浅くて、直ぐに病院に運ばれたから、死ぬどころか、消えようとした証拠すら無くなってしまった。
「……か、い」
自ら手放したのに、あなたに会いたすぎて、私は今も死にたくなるほど苦しいの。
ーーもう直ぐやって来る春休みを越せば、高三になると言うのに。
好きだった。
誰に何を言われても、何をされても、構わなかった。
海の傍にいられるなら、何でもよかった。
だけど、あなたを苦しめたくはなかった。
笑った海が、楽しそうな海が、好きだったから。
傍にいても苦しめるだけだって、悲しませるだけだって分かったから、気が付いたから、離れたのに。
そうすることで海が幸せになれるなら、そう思ったのに。
「……無理だよ、海」
枕元に置いていた一枚の写真を手にする。
幸せそうに笑う海と……知らない綺麗な女の子。
ねえ、海。
今更、私以外とのあなたの幸せが許せない私は、最低ですか…?
ベッドから降りて、部屋を出る。
「喉かわいたな…」
直ぐ目の前の階段を降りて、冷蔵庫を目指して歩く。
真っ暗なのは、いくら家でも気持ちが悪い。
別に家には私しかいないのに足音を立てず静かに歩く。
お母さんは看護師をやっていて、今晩は夜勤。
お父さん……最後に帰ってきたのは、いつだろう。
転校したけど学校に行けず引きこもって、高校は通信制のところへ進学した。
お父さんはそれを全て、お前の教育が悪いとお母さんのせいにした。
そう、 何もかも壊れたんだ。
海を手放した、あの日から。
……いや、彼を好きになってしまった時点で、運命の歯車は既に狂い始めていたのかもしれない。
ねえ、再び欲しいと願うことは。
彼に向かって手を伸ばすことは。
許されることですか……?
あの日、病院に来てくれなかったも、私を探さないでくれたのも、全部全部、海の優しさでしょ?
そうだよね、海。
だってクラスメートを殴ったのは、私を想ってたから。
体のアザを見て辛そうに顔を歪めたのも、私を想ってたから。
だから、辛かったんだよね。苦しかったんだよね。
だから、あなたに会いに行けば、まだ好きなんだと告げれば
「……私のところに戻ってくるよね?」
いつまでもそんなことを未練がましく思ってる私に、ある日、幼なじみの藍(あい)くんが一枚の写真を見せてきた。
ーー『あいつは、もうお前のことなんか好きじゃねぇよ。いい加減、諦めろ』
そこには大人っぽくなって、更にカッコ良くなった海がいた。
そして、隣には女の子が立っていて、どうやっても海の彼女にしか見えなかった。
だけど、それはやっぱり私がいなくなった寂しさを埋めるためのものだと思うの。
……私たちの恋は、ちゃんとした終わりをまだ迎えてないままなんだもん。
だからね、海。
私はあなたに会いに行くことに決めたよ。