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「坂月様?」
扉の向こうから掛けられた声に、坂月ははっと我に返った。
恐らく何度かノックもしていたに違いない。
彷徨っていた思考を振り払うと、坂月は椅子に座り直した。
「どうぞ。」
失礼します、と言いながら中に入ってきた井上がトレイに載せた珈琲を運ぶ。
「あ、自分で淹れたのに…ありがとうございます。」
慌てて目の前にあった書類を脇へ避けると、井上がくすくすと笑った。
「もう少し偉そうにしていただかないと。オフィスも最上階へ移られたら良いのに。」
言われて、坂月も苦笑する。
「私はここに慣れてるので、ここが居心地が良いんですよ。」
社長、と呼ばれるのも拒み。
結局は今までと変わらない位置にしがみつこうとする自分。
欲しかったものが、手に入る瞬間というのは、果たしてこんなもんだったろうかと、ここ最近自問してばかりいる。
あの頃、本気で守りたかったもの。
それを忘れてまで、目指してきたもの。
途中で再び欲しくなってしまったものは、欲張ったせいか、手に入らずにすりぬけていってしまった。
―秋元さん…
あの時沙耶が言った意味を、坂月は理解し始めていた。
今考えていたのも、それがあったからだ。
珈琲に口を付け、少しの沈黙。
そこへ内線が鳴って、慌てて井上が傍にあった受話器を掴んだ。
「はい、井上ですが…あ、はい…はい、、、」
途中で彼女は通話口を手で塞ぎ、坂月を見た。
「巌様が意識を取り戻されたそうです。」