―あぁそうか。


遠い思い出が甦った所で。


今朝、坂月から香った、記憶を引き出すような香りは、百合の香りだった、と沙耶は理解する。





「あの子、今頃どうしてるんだろうなぁ…」




空っぽのエレベーターに乗り込んで、壁にもたれ掛かると、独り、呟いた。


気疲れなのか、慣れない仕事に身体的に疲れているのか。


体が重かった。



目を閉じるとぼやっと思い出されるのは。



石垣の強い眼差し。



―石垣も叔父さんを疑ってるのかなぁ…



だからこそ、きっと叔父の父親の様子を探るような問いかけに答えなかったのだろう。




火のない所に煙はたたない。



鍵は石垣の母親の死、か。




―早く解放されないかな。



勤続二日目にして、沙耶は既にそう思っていた。


金のことで、散々嫌な目に遭ってきた沙耶にとって、石垣のそれが他人事には思えない。


だからこそ、面倒さも、痛みも掬い取ってしまう。


できるなら、あんな思いは二度としたくないし、巻き込まれるのも御免だ。