しばらく、ロビーを静寂が包んでいた。
重苦しい沈黙に耐えかねた頃、小さく息を吐いた麗眞くん。
彼は椎菜ちゃんの華奢な身体を軽々抱き上げてから、口を開いた。
「二人の姫様方、お部屋へご案内します。
ついて来てくださいね?」
シスコンのはずの彼が、彩さんのことなどアウトオブ眼中と言った感じで言ったので、少し拍子抜けだった。
彩さんに至っては、少し拗ねたように、麗眞くんと目を合わせていなかった。
皆がとことこ麗眞くんの後をついて行く。
”姫様”という言葉の響きに慣れていない私は赤面してしまっていた。
「待って……」
慌てて彩さんの後を小走りで追いかけた。
麗眞くんといると調子狂うわ。
……ショートヘアで、背も高くて。
制服のスカートも好きではない。
こんな感じの性分なので、男の子と間違えられるくらいだ。
そんな私も、ちゃんと「女の子」として見てくれている。
そんな人は、今までいなかった。
「相沢、部屋の割り振り、どうした?
理名ちゃんと椎菜が一緒?」
いつの間にかいた、黒タキシードの執事、相沢さんにびっくりしながらも、彼が一度大きく頷いた。
「よし。
それならいいんだ。
あと、あれもちゃんと持っていくよう頼んでおいたよな?」
「もちろんでございます」
持っていく?
なんのことだろう。
私も考え込んでいて、全然聞いていなかった。
「も、麗眞。
あんまりお坊ちゃま力発揮しないの。
私は慣れてるからいいけど、理名ちゃんビックリしてるし」
「んな身体で言われてもねぇ、椎菜。
説得力ないよ?」
そう返した麗眞くんの顔が柄にもなく真っ赤だった。
その様子に笑みを零した私に気づいたのか、
彩さんは私に耳打ちした。
「男は女性のお風呂上がりの無防備さに撃ち抜かれるのよ。
ウチの愚弟は特にね。
まぁ、当然ね。
好きな子なんだもの」
最後のみ小声なのは、当人たちへのせめてもの気遣いのつもりらしい。
とりあえず、その情報を脳内の記憶装置に刻み込んだ。
この情報は、いつ何時、何の役に立つのか、全く分からないのだが。
なるべく早歩きで廊下の突き当たりの角を左に曲がろうとする麗眞くん。
そんな彼を相沢さんが追い越し、先導した。
「麗眞坊ちゃま、本日は右に曲がって下さいませ」
「本日は」という言葉に、ドキリとした。普段なら、どこに行くんだろう。
訊けるわけがない。
ただのお客様の私が、口を挟んでは迷惑になってしまう。
「ああ、ごめん。
つい、自分の部屋に行くところだった」
ここで、さっきの疑問の答えが分かった。
さっきの突き当たりを左に曲がった先のどこかにある部屋は、麗眞くんの、プライベート空間であるようだ。
どんな部屋に住めば、こんなに怖いくらい、お調子者の人格が形成されるんだろう。
興味はあったが、単刀直入に聞くわけにはいかなかった。
麗眞くんは、私なんてただの「友達」としか思っていないのだ。
だからこそ、頼めば部屋には入れてくれるだろうが、こんなところでそんなことを言う度胸も勇気もなかった。
それに、この家には当人たちの次に明るい椎菜ちゃんに聞けば済むことだ。
右に曲がって、突き当たりにある、途中で目が回り、気分が悪くなるんじゃないかと思うほど長いらせん階段を昇り、廊下を右に曲がったところのあるドアの前で足が止まった。
ドアを開けると、白黒ブロックチェックのベッドカバーが目に入った。
私の好み、わかってる?
まさか、筒抜けだった?
私が、あんまり女の子らしいものは好きじゃないって。
「気に入った?
よかった。
ゲスト様が喜んでくれて何より」
にっこり微笑んでくれた麗眞くん。
「今日はここで椎菜と一緒な?
分からないことあったら椎菜に聞けば教えてくれるから」
「わかった。
ありがとう」
椎菜ちゃんと一緒に部屋に入って、麗眞くんたちの足音が遠ざかったことを確かめる。
「きっと、麗眞セレクトだよ?
この部屋」
「どういうこと?」
椎菜ちゃんの言葉に、慌てて聞き返す。
彼女が言うには、この家の一部屋一部屋は、部屋のテーマが決まっているらしい。
こだわりようが尋常じゃない。
もっとも、浴室のありとあらゆるメーカーの洗顔料やドライヤーが取り揃えてあるところからも、それは滲み出ているのであるが。
「え?」
「私がいると、ピンクとかレースとかフリルとかたくさん使ってある部屋に案内されるんだ。
今日は違ったから」
「へぇ、私に合わせてくれたのね」
麗眞くんのこと、見直したわ。
ただチャラくてお調子者で、幼なじみを溺愛してて、お坊ちゃまなだけの男の子じゃ、なかったんだ。
重苦しい沈黙に耐えかねた頃、小さく息を吐いた麗眞くん。
彼は椎菜ちゃんの華奢な身体を軽々抱き上げてから、口を開いた。
「二人の姫様方、お部屋へご案内します。
ついて来てくださいね?」
シスコンのはずの彼が、彩さんのことなどアウトオブ眼中と言った感じで言ったので、少し拍子抜けだった。
彩さんに至っては、少し拗ねたように、麗眞くんと目を合わせていなかった。
皆がとことこ麗眞くんの後をついて行く。
”姫様”という言葉の響きに慣れていない私は赤面してしまっていた。
「待って……」
慌てて彩さんの後を小走りで追いかけた。
麗眞くんといると調子狂うわ。
……ショートヘアで、背も高くて。
制服のスカートも好きではない。
こんな感じの性分なので、男の子と間違えられるくらいだ。
そんな私も、ちゃんと「女の子」として見てくれている。
そんな人は、今までいなかった。
「相沢、部屋の割り振り、どうした?
理名ちゃんと椎菜が一緒?」
いつの間にかいた、黒タキシードの執事、相沢さんにびっくりしながらも、彼が一度大きく頷いた。
「よし。
それならいいんだ。
あと、あれもちゃんと持っていくよう頼んでおいたよな?」
「もちろんでございます」
持っていく?
なんのことだろう。
私も考え込んでいて、全然聞いていなかった。
「も、麗眞。
あんまりお坊ちゃま力発揮しないの。
私は慣れてるからいいけど、理名ちゃんビックリしてるし」
「んな身体で言われてもねぇ、椎菜。
説得力ないよ?」
そう返した麗眞くんの顔が柄にもなく真っ赤だった。
その様子に笑みを零した私に気づいたのか、
彩さんは私に耳打ちした。
「男は女性のお風呂上がりの無防備さに撃ち抜かれるのよ。
ウチの愚弟は特にね。
まぁ、当然ね。
好きな子なんだもの」
最後のみ小声なのは、当人たちへのせめてもの気遣いのつもりらしい。
とりあえず、その情報を脳内の記憶装置に刻み込んだ。
この情報は、いつ何時、何の役に立つのか、全く分からないのだが。
なるべく早歩きで廊下の突き当たりの角を左に曲がろうとする麗眞くん。
そんな彼を相沢さんが追い越し、先導した。
「麗眞坊ちゃま、本日は右に曲がって下さいませ」
「本日は」という言葉に、ドキリとした。普段なら、どこに行くんだろう。
訊けるわけがない。
ただのお客様の私が、口を挟んでは迷惑になってしまう。
「ああ、ごめん。
つい、自分の部屋に行くところだった」
ここで、さっきの疑問の答えが分かった。
さっきの突き当たりを左に曲がった先のどこかにある部屋は、麗眞くんの、プライベート空間であるようだ。
どんな部屋に住めば、こんなに怖いくらい、お調子者の人格が形成されるんだろう。
興味はあったが、単刀直入に聞くわけにはいかなかった。
麗眞くんは、私なんてただの「友達」としか思っていないのだ。
だからこそ、頼めば部屋には入れてくれるだろうが、こんなところでそんなことを言う度胸も勇気もなかった。
それに、この家には当人たちの次に明るい椎菜ちゃんに聞けば済むことだ。
右に曲がって、突き当たりにある、途中で目が回り、気分が悪くなるんじゃないかと思うほど長いらせん階段を昇り、廊下を右に曲がったところのあるドアの前で足が止まった。
ドアを開けると、白黒ブロックチェックのベッドカバーが目に入った。
私の好み、わかってる?
まさか、筒抜けだった?
私が、あんまり女の子らしいものは好きじゃないって。
「気に入った?
よかった。
ゲスト様が喜んでくれて何より」
にっこり微笑んでくれた麗眞くん。
「今日はここで椎菜と一緒な?
分からないことあったら椎菜に聞けば教えてくれるから」
「わかった。
ありがとう」
椎菜ちゃんと一緒に部屋に入って、麗眞くんたちの足音が遠ざかったことを確かめる。
「きっと、麗眞セレクトだよ?
この部屋」
「どういうこと?」
椎菜ちゃんの言葉に、慌てて聞き返す。
彼女が言うには、この家の一部屋一部屋は、部屋のテーマが決まっているらしい。
こだわりようが尋常じゃない。
もっとも、浴室のありとあらゆるメーカーの洗顔料やドライヤーが取り揃えてあるところからも、それは滲み出ているのであるが。
「え?」
「私がいると、ピンクとかレースとかフリルとかたくさん使ってある部屋に案内されるんだ。
今日は違ったから」
「へぇ、私に合わせてくれたのね」
麗眞くんのこと、見直したわ。
ただチャラくてお調子者で、幼なじみを溺愛してて、お坊ちゃまなだけの男の子じゃ、なかったんだ。