麗眞くんと、巽くんと共にバスへと乗り込んできた琥珀。

何だか浮かない顔をしている。

眠いのかな?とも思ったが、どうもそうでもないようだ。

「どうしたの琥珀。

柄にもなく沈んだ顔しちゃって。

ご飯食べすぎてあんまり具合良くないとか?」

美冬がそう言ったが、具合が悪かったらここまで歩いて来れないだろう。

そのツッコミを小野寺くんから受けて、そうか、と舌を出していた。

琥珀にしては珍しい元気のなさに、皆が心配そうな顔を向けていた。

とりわけ巽くんが困惑している。

見かねた深月が、尋問しようと巽くんの隣に座った。

近くに座る麗眞くんも、椎菜がいないからか終始どんよりしている。

私のスマホがSNSの新着通知を告げた。

送信者は、拓実だった。

『理名
そろそろ帰る頃かな?
会えて嬉しかった。

カルロスが、理名たちの写真撮ったんだってね。

さんざん彼に冷やかされて、大変だった。

椎菜ちゃんだけど、替えた薬がちゃんと聞いているみたいでね。

あと2、3日で日本に戻れると思うよ。

愛しの麗眞くんには寂しい思いをさせるな。

経過は順調だって、彼に伝えてくれ。

理名も、病み上がりなんだし無理しすぎるなよ?

何かあったらタイムラグはあるだろうけど、話くらいは聞くから。

無事に大学受かったら、何年か越しのプレゼントしたいなとか、いろいろ考えてるんだ。

だから、楽しみにしててね!

元気でやってな!』

拓実らしいスタンプと共に、綴られている文章を読んで、顔が綻んだ。

不機嫌そうにしている麗眞くんの肩を軽く叩いて、メッセージ画面を見せてやる。

「ありがとな、理名ちゃん。

ちょっとの間、貸してくれるか?」

私からスマホを受け取った彼は、流れるような手付きのフリック入力で文字を入力し始めた。

『サンキュ、助かったよ。

それ聞いて安心した。

俺からも礼を言いたいのと、相談もあるから、時間があったらビデオ通話しような!

愛しの彼女と時間とって会えて良かったな。

今の俺にとっては、遠距離でもちゃんと続いてる拓実と理名ちゃんが羨ましいよ!
by麗眞』

彼らしい言い回しの文章が綴られていて、思わず吹き出してしまった。

「理名ちゃん、ありがとう。

俺も、理名ちゃんと拓実のカップルを見習わないとな」

いつもの彼にしては珍しい、自信なさげなその声は、私の耳にだけ届いた。

「はぁ?

ちょっと、いつの間にそんな話になってるわけ!?

琥珀も、何で言わないかなぁ!?」

深月の素っ頓狂な声が響いた。

「コラ、浅川!

寝てるやつもいるんだ、静かにしろ!

まったく、次期生徒会長に立候補した自覚はあるのか!?」

次期生徒会長、という言葉に、小さくため息をついて項垂れた深月。

「もう、美冬と小野寺くんの次に結婚するの、アンタたちかもね」

その言葉の後、琥珀がコホコホとむせた。

「あ、ごめんごめん。

おせんべい食べてる最中に言うんじゃなかった。

気管に入っちゃった?

とりあえずお水飲みな?はいこれ」

琥珀の席にあるミネラルウォーターのキャップを開けて飲ませる辺りはさすが深月だ。

「もう、深月ったら!」

まだ咳はしているが、深月に背中を撫でてもらっていることもあり、落ち着いたようだ。

巽くんも、桜木くんや麗眞くんに、何やら深刻そうな顔をして話している。

何だか皆、いろいろあるなぁ。

そんなことを思っていると、瞼が重くなってきた。

キャビンアテンダントさんに毛布を貰うと、そのまま瞼の重さに身を委ねた。

「コラー!

起きろお前らー!

そろそろ着陸だぞー!!」

生活指導の先生のデカい声で目が覚めた。
最悪の目覚めだ。

「おはよ、理名。

よく寝てたね?」

美冬が話しかけて来たが、彼女も眠そうだ。

「よく言うよ、さっきまで可愛い顔して寝てたくせに」

小野寺くんに頭を撫でられて、顔を真っ赤にしていた美冬。

無事に飛行機は着陸して、空港へと帰ってきた。

日本のこの時期らしい気候と空気を感じて、深呼吸した。

ドイツの寒さとはまた違う、乾いた空気だ。

荷物を受け取った私たちの元に、相沢さんが来た。

「皆様、長旅、大変お疲れ様でございました。

宜しければ皆様の家までお送りいたします。

いかがされますか?」

美冬は、私はパス、と言って、小野寺くんと荷物を持って歩いて行ってしまった。

そんな美冬と小野寺くんに、担任は二言三言、なにか話しかけていた。

「私もパス。

行こ、優弥」

そんな琥珀にも、担任が何か話しかけていた。

琥珀は、分かってます、というように手を振って空港からちょうど来たバスに乗って行ってしまった。

「はぁ、相当お怒りね、あの2人。

仲直りはいつになることやら」

「深月、おふくろさんがいないんじゃ、お土産も渡せないだろ。

お土産は日持ちするようだし、一瞬深月の家に行って、その後は俺の家でいいか?

修学旅行から帰って誰からも迎えられないの、何か切ないだろ。

世話焼きで鬱陶しいとは思うが、それでもよければ」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな。
相沢さん、お願いします」

今から嫁入りの準備か、なかなかに用意周到だな、などと思ってしまった。

私は、仕事で忙しいであろう父の世話をしなければならない。

空港に着いたこと、これからも帰ることを告げて、私は自分の家まで送ってもらった。