「急に、そんな能力あるって知ったのよね?

琥珀は怖くないの?」

そう、おずおずと尋ねたのは、華恋だ。

「怖くはないよ。

何となく分かってたから。

小さい頃から、何となくは勘付いてたの。

格闘技習ってる割に生傷が少なかったのも、幼少期にブランコから落ちてもかすり傷程度で済んだのも。

今思えばこの能力のおかげだったのかも。

でもね、まだ頭は混乱してる。

それを淀みなく言葉にされちゃったもんだから。

余計に頭の中がぐちゃぐちゃで。

ごめん。

皆も、優弥も。

ちょっと、1人にしてくれる?」

琥珀は息継ぎもしないでそう言ってのけた。

止めようとする深月や華恋の腕を振り払って、広いリビングを出て行ってしまった。

普通の空気だったら、琥珀が巽くんのことを下の名前で呼んでいることに美冬か華恋が気付くのだろう。

そして、琥珀を中心としたガールズトークが展開されるに違いない。

その瞬間、空気がピンと張り詰めた。

この場にいる誰もが、重苦しい空気に耐えかね、何と言葉を発していいか戸惑っていた。

美冬が座っていた革張りのソファーから、腰を上げた。

麗眞くんが座るアンティーク調の椅子の前に歩み寄った。

すると、パン、と乾いた音が1つ、静かな部屋に響いた。

私を含めた皆は、何が起きたのか理解しかねる、というように口をあんぐりとだらしなく開いていた。

ただ、一つ分かること。

美冬が右の掌を抑えて、麗眞くんが右の頬を自らの利き手の右手で抑えているということだ。

「最低だよ、麗眞くん。

琥珀、泣きそうな顔してたじゃん。

そんな顔した人にさ、さぞ他人事みたいにずけずけと言えるよね。

自分はさもなんでも知ってます、っていう体でさ。

ちょっとあり得ない!

愛しの椎菜だったら、優しく窘めてただろうけどね。

私は優しくないから、そんなことしない。

しばらく、多分琥珀も、私も。

麗眞くんとは口利かないから。

親友の気持ちを踏み躙ったんだもの、それくらい当然でしょ?」

美冬は、相沢さんに案内されて、リビングを出て行った。

それから15分くらい経っただろうか。

美冬の彼氏の賢人くんが、美冬に続くようにリビングの扉を開く。

2人は私たちの前から姿を消してしまった。

リビングの扉は乱暴に閉めたわけではなく、優しく閉まっていく。

その態度で、分かった。

彼は怒りをその身に滾らせているわけではないようだ。

「姫が心配で様子を見に行っただけだろ、放っておけよ」

秋山くんが冷たく言うと、氷のように冷たい目を麗眞くんに向けた。

「ったく、麗眞、お前って奴は。

たまに気遣い出来ると思ったら、明後日の方向ばっかり。

恋人以外の他人の感情の機微には鈍感なんだな。

そういうの続けてると、いまに最愛の恋人にも愛想つかされるぞ」

「そうそう。

そういうとこ、自覚してるなら早めに治しな。

そんなんで、バカみたいに規模の大きな自分の家、背負って立てると思ってるの?」

眉間に皺を寄せながら、その言葉を吐いた深月。

普段の思慮深い彼女なら、そんな言葉は発しないはずだ。

彼女も相当に苛立っているのが見て取れた。

ガタ、と椅子を倒して立ち上がった麗眞くん。

いつになく鋭い目で深月や私たちを睨みつけて、血を吐くような思いの丈を吐き出した。

「うるせぇんだよ!

分かってるんだよ、俺はまだ、所詮学生だ。

親父やおふくろみたいに出来た人間じゃねぇ、ってな!

家のしがらみも何もない奴に俺の気持ちなんてわかってたまるかよ。

俺がいつまでも椎菜といると、アイツがしっかりしすぎてる故に、アイツに甘えちまう。

だから離れるんだよ!

本当は離れたくねぇけどよ。

椎菜のことだ、夢を諦めてまで俺を追ってこられても、椎菜の為にならないからな。

昔、カナダの別荘で皆で集まった、って話は知ってるよな?

奈斗さんや有海さん、華恵さんや優作さん。

麻美さんや真さんもいた。

華恵さんや優作さん、琥珀の両親が俺らくらいの頃、能力の制御に戸惑ったそうだ。

その時に、聞いたからな。

数時間に渡る、華恵さんや親父、優作さんの青春時代の話を。

だから何となく分かってたんだ。

俺には、幸か不幸か、そういう能力はなかったんだけどな。

今まで持ってた能力を失う怖さは、覚悟させておいた方がいいだろう。

そう思って琥珀ちゃんに話したが、タイミングを思いっきり間違ったみたいだ。

俺は卒業したら、そういう人間的に甘いところも徹底的に鍛えてもらう気でいるんだけどな。


……怒鳴って悪かったな。

先行ってる。

レストランで嫌でも会えるだろうよ、
同じ班の理名ちゃんはな」

麗眞くんは、丁寧に倒れた椅子を元に戻した。

鞄を肩に下げて、相沢さんに声を掛けてから、別荘を出て行った。