「ねぇ、麗眞くん。

覚悟はしていると思うわ。

いつかは。

ここにいる深月ちゃんや美冬ちゃんも。

琥珀もね。

もちろん、今は病院にいる貴方の彼女の椎菜ちゃんもよ。

女性は妊娠と出産、その先の育児でどうしてもキャリアが分断されるもの。

私も怖かったわ。

奈斗は超がつく人気アイドルかつ俳優だからたくさんお金は稼いでくれたけれど。

当時から一緒の家にいるのに顔を見るのは、長いと数週間後みたいなこともあったからね。

すれ違い生活になるのは火を見るより明らかだったわ。

どうしてもワンオペになって、相原さんや、麗眞くんの家のチャイルドマインダーさんにお世話を頼んだことも何度もあったの。

産後で体調が悪くて、ピアノもあまり弾けなくなって、何度か心が折れそうになったことも。

このままじゃ、たくさんいる私より優秀なピアニストに先を越される、その不安もあったわ。

どの職業も同じよ。

私みたいなピアニストでさえそうなのよ。

一般企業に就職するなら、尚更ね。

会社によってはハラスメントも横行してるし。

産後うつになる人も多いわ。

その領域なら、深月ちゃん、貴女の母親の方が知識はあるでしょうけど。

不安はたくさんあるけれど、やっぱり、とても幸せなのよ。

世界で一番大切な人の遺伝子を持つ、自分や自分の伴侶に似た子供を持てるって。

成長するまで本当に苦労はするけど、成長するまでの間、と割り切っちゃえばいいしね。

大事なのは、自分の正直な気持ちね。

大切な人の苦しむ姿も見ることになるわ。

こればっかりは、男性が代わりに、なんて無理だもの。

それでもなお、麗眞くんか椎菜ちゃん、どちらかが生涯を終えるまで、幸せにする覚悟はあるのかしら。

それを自分自身に問いかけてみるといいわ。

長くなったわね。

自由時間もあと1時間くらいでしょうから、少し休むといいわ」

琥珀のお母さんは、皆にも紅茶やお茶菓子を勧めて、部屋を出て行った。

「そうだぞ。

少し休め。

学生のうちから将来のことばっかり考えてると人生楽しくないぞ?」

琥珀のお父さんの奈斗さんは、秋山くんや小野寺くん、麗眞くんや深月に声を掛けた。

その後すぐに、琥珀をぎゅっと抱きしめた。

琥珀のお母さんの後を追うように、部屋を出て行った。

私は、拓実と結婚、してるのかな。

医師同士、いろいろ大変なんだろうな、夜勤も当直もあるだろうし。

突然呼び出されるとか、ザラなんだろうな。

そんなことをぼんやりと考えていると、ふと華恋に名前を呼ばれた。

「あ、そうそう。

さっき服預かったときに、ポケットにメモが入ってたよ、拓実くんの字みたいだけど」

その手紙を、美冬がすかさず奪って、朗読を始めた。

『理名

会えてよかった。

会いたいとは思っていたけど、本当に会えるなんて思わなかったよ。

可愛くてどうしようかと思った。
ホントに、キス以上のことしそうで、自制するの大変だった。

したかったのもあるけど、長旅で体調崩させると俺も心配になるし(実際に体調崩しちゃったけどな)、何よりまだ理名を抱く資格ないと思ってたから抱くの止めたんだ。

あの、アルバイト先のカフェで子供が倒れたのを救った理名、俺も目を奪われる手付きの良さで。
「死なせてたまるか」っていう気迫も同時に感じた。

正直、俺なんてまだまだだと思ったよ。

理名みたいな志を持った医師に近づくために、ドイツに行くことに決めたんだ。

理名みたいな医師になる一歩のために、大学受かったその時は、今度こそ、昨日の続きとして抱かせてほしい。

覚悟が出来てなかったら断ってくれていいし、理名にはその権利があるから、そこはちゃんと理解しておいてほしいな。

受験のために一度日本に戻る可能性もあるから、その時にまた。

元気でやれよ、理名。

拓実』

「くぅー、愛されてるねぇ、理名!」

「抱く宣言って、どんなだよ」

「ロストするのは琥珀の方が早そうだねぇ」

そう言ったのは華恋か。

その言葉に、琥珀と巽くんが同じタイミングで紅茶を思いきり噴き出して、周囲は爆笑の渦に包まれた。

「ってか、少しでも仮眠取ろうぜ。

自由時間終わったらレストランで飯食ったらもう、空港向かうんじゃなかったっけ。

え、そうだっけ?
ほとんど荷造りしてない!」

「荷造りなら心配しないで。

私と、養護の伊藤先生がめっちゃ頑張って理名と椎菜の分も済ませてあるから。

椎菜のは綺麗に荷造りしてあったけど、理名のは服が多くてちょっとだけ入れるの苦労してたかな」

うわぁ、伊藤先生にもお礼しなきゃな、そんなことを思う。

ふと上を見上げると、向かいに座る琥珀がブレスレットをしていることに気付いた。

そして巽くんも、同じものを付けている。

こんなの、空港に向かうバスの中でしてたっけ?

私の視線に気付いた琥珀が、小さな声で呟いた。

「難しい話だから、ちょっと今は話せない。

私の両親から話は聞いたけど、今も違う異世界の話をされたみたいに、頭の中混乱してるの。

昔は華恵さんと、その旦那の優作さん。

それに麗眞くんのお父さんも、私と似たような力を持ってたみたいだけどね」

その話を聞いて、何を勘付いたらしい。

麗眞くんが、何事もなかったように言った。

「魔力か。

おそらく、琥珀ちゃんの場合は両親の、とりわけ奈斗さんのを強く受け継いでいる。

魔力を一定の間だけ、瞬間的に筋力に変換してるんだろ。

だから、ジークンドーでも金的でも、あれ程の力が出せる。

その力は、第二次性徴期以降、徐々に減っていき、いずれ、魔力なんてものは存在しなくなる。

女性はその減りが特に顕著だ。

奈斗さんみたいな例外はいるがな。

巽くんも、おそらく。

遠い祖先の誰かがそんな力を持っていて、隔世遺伝したんじゃないか?

魔力を筋力に変換する能力がずば抜けているし、勘もいい。

華恵さんがそう評してたよ。

彼女、昔魔力をコントロールし、高める能力開発が目的の学校に一時期通っていたんだ。

耐えきれなくて辞めた人の中に、巽って苗字を見たことがある気がする、とも言っていたな。

琥珀ちゃんは、力を強くしすぎないようにある程度制御出来るように、コントロールするためのブレスレット、ってとこだろ。

やりすぎると逆に過剰防衛になる。

巽は、まだ力のコントロールの勝手が分からないから、魔力を上手く引き出させるためのブレスレットだろうな」

確かに、話の半分以上が理解できなかった。

魔力?
そんな力、この世に存在するの?