「あれ?
麗眞くんたち?

話があるから今から行く、って相沢さんが言ってたけど。

何の話?

今なら私の両親もいるし、大人の知見を貰えるよ?

両親が揃っているなんてレア中のレアだけどね」

琥珀がいつもよりどことなくテンション高めではしゃいでいる。

これが年相応なのだ。

もしかして、エメラルドグリーンのドレスの人と、トレーにティーカップやソーサーを乗せて持ってきたチェックシャツにチノパンの男性。

もしかしてもしかしなくても。

琥珀の両親!?

いつも両親がおらず、たまに家政婦さんが来るくらい。

1人でいるときとは別人みたいなにこやかな笑顔だ。

両親がいるとこうなるんだなぁ。

「あ、テレビ画面で顔見てる人もいるかな?

あとは、何人か俺が直接護身術教えてる面子もいるね、嬉しいな。

帳 奈斗(とばり ないと)です。

一応、琥珀の父親です」

ティーカップとソーサーに丁寧に紅茶を注いだあと、しっかりとお辞儀をするのは、芸能人だからなのか。

「琥珀の母の 帳 有海(とばり あみ)です。

ピアニストで世界中飛び回ってるから、なかなか娘や旦那とも会えないけれど。

たまたま旅行先で会えてよかったわ」

「コンサートで回る場所と日取りを上手く琥珀の修学旅行に合うようにしてたくせに、よく言うよ。

んで?何かあるんでしょ?

何か相談事か?

君が相談ごととは、珍しいな」

「あ、奈斗さんに有海さん!

お久しぶりです、深月です!

奈斗さんにはいつも父がお世話になっています」

「お、深月ちゃんか。

深月ちゃんもいい人を選んだな。

筋がいい。

見る目があるのは、君のお母さんに似たかな」

「あら?深月ちゃん!?

顔を見たの、まだ貴女が小学生の頃だったわね。

若い頃の貴女の母に似て可愛くなったわね、彼氏さんが羨ましいこと。

それで?
貴方に似つかわしくない浮かない顔をした麗眞くん。

何かあるのかしら。

愛しの椎菜ちゃんのことかしらね」

琥珀の母親にもあっさり見抜かれている。

「ふふ。
そんなに分かりやすいですかね?

俺、まだ行き先はアメリカかカナダか決めてないですが、高校卒業したらとにかく海外に行きたいって思ってて。

俺の姉がちょっと事件のトラウマ抱えてるんで、それを払拭するべく刑事になろうかな、って考えていて。

その傍ら、ちゃんと宝月の家を継承する者として学ばなきゃいけないこともある。

それを、ちゃんとこなすには、一度椎菜と離れたほうがいいんです。

その環境にいれば、彼女につい甘えずに済むし、自制もきく。

四六時中好きな人と肌を重ねることしか脳内にない男って、ぶっちゃけヤバい人ですしね。

そこを何とかするには、強制的にでも彼女といられない環境にいなきゃならない。

それは頭では理解しているんですが、それを伝えると椎菜を泣かせることになる。

言わなきゃいけないことを言えない、弱い男へのアドバイスを聞きに来た、ってところですかね」

麗眞くんは一息でそう告げたあと、一気にティーカップの紅茶を飲み干した。

「あら、私たちに聞かなくても。

結婚しても遠距離恋愛みたいな関係の人が、この間貴方たちの学園に来たみたいじゃない?

その人たちに聞けばよかったのに。

まぁ、私たちも似たようなもんだけどね。

私は世界中飛び回るし、奈斗は日本でアイドルやら俳優やってるし。

琥珀にも寂しい思いをさせているしね」

私は別に、という琥珀だが、両親から頭や背中を撫でられて嬉しそうだ。

「いいんじゃないか。

何なら、自分の両親見習ってプロポーズしちまえよ。

麗眞くんの両親なんて、ニューヨークのエンパイアステートビルでプロポーズしてたからな、こんなふうに」

奈斗さんが近くのリモコンを操作すると、ある映像が映し出された。

「うわ、親父とおふくろだ……
若えな……」

その言葉に、その場にいた全員がモニターに釘付けになる。

確かに、いつか会った顔を若くしたらこんな感じなんだろうな、という美男美女が映っている。

彩さんと麗眞くんはこの2人の遺伝子を受け継いでいるのだということが改めて分かる。

つい口をだらしなく開いてしまう。

流暢すぎる英語の部分はテロップで和訳までついている。

麗眞くんのお母さんはアメリカ育ちだと言っていた。

だからなのか、どこか日本人離れした雰囲気を感じたのは。

麗眞くんのお母さんの遺伝子は、8割位が彩さんに受け継がれたのだろう。

『お互いが18になったらさ、とっとと籍入れようか。

早く一緒の家に住みたいし、何ならさっそく家族増やしたい』

まだ高校生でこんな歯の浮くような言葉を当時はまだ恋人であった女性に言っていたのか。

麗眞くんなら、こんな台詞も浮くことなく、自然に言えそうだ。

言われた側の椎菜は、驚きすぎて卒倒するかもしれないが。

というか、高校生でプロポーズ、って、いつの時代よ……

「プロポーズ、ねぇ。

出来ればこんなに悩まねぇよ。

仮に成功したとする。

どっかで俺の箍が外れて、椎菜を妊娠させたらどうする?

俺はいいが、椎菜の夢を俺が壊すことになる。

そうなったら、って思うと怖くてな。

親父やおふくろとは違うんだよ。

その時のおふくろは天才と言われた検事ではあったが優秀な部下もいた。

椎菜も、俺も。

何の後ろ盾もない、ただの学生だ。

自分ばっかり犠牲にするアイツが、もしそうなったら夢を諦めるとか言い出しかねない。

そうさせるかもしれない自分も怖くて、先に進めないんだよ」

それは、在学中に初めて聞いた、彼の心からの本音だったのかもしれない。

そして、本当にその言葉通りになるなんて、誰が想像出来ただろう。