「そういえば、言ってなかったっけな。
悪かったよ。

俺のおふくろが、理名ちゃんの母親のいる病院に入院していたんだよね。

だから、そこでの繋がり。

お前から大事な彼女を奪うなんてしないよ」

「よく言うよ、理名に言い寄ってたくせに」

麗眞くんと琥珀から白い目で見られて、肩をビクっとさせた桜木くん。

「圭吾?

後で廊下に来い。

人通りの少ないところに、な」

拓実は笑顔だが、目は笑っていなかった。
怖い……

「ほら、大所帯で病人のところにいないの。
麗眞くんも。

婚約者にしたいくらい大事な彼女のことが心配なのは分かるわ。

あとはプロに任せて、貴方もホテルに戻ることね。

琥珀も優弥くんも、桜木くんも。

皆まとめて、ホテルまで送っていくわ。

外の車に乗って。

ウチの旦那が待ちくたびれてるわ」

声の主は、見たことのない女性だった。

綺麗な二重と、意志の強そうな眉毛は、琥珀にそっくりだ。

綺麗なエメラルドグリーンのワンピースが目を引く。

「あ、アネさん……じゃなかった、琥珀さんのお母さん!

お久しぶりです!

こっちにはコンクールかなにかで?」

「あら、拓実くん!
久しぶりね。

そちらの、拓実くんの彼女とは初めましてかしら?
帳 有海(とばり あみ)です。

娘がいつもお世話になっているわね。

実は、このドイツで演奏会があったのよ。

恩師の招待だから、断るわけにいかなくて。
だけどその会がハプニングで中止になってね。

修学旅行に来ていた娘と、娘の未来の旦那と2人で優雅にお茶してたってわけ。

そこで、麗眞くんから連絡貰って、車かっ飛ばして来たのよ」

巽くんを未来の旦那と呼んでいるところを見ると、彼は琥珀の母のお眼鏡に適ったようだ。

「さぁさぁ、明日もあるんでしょ?

明日に備えて良い子は早く寝る!

病人は静かなところで休んでいないとダメなのよ!?

治るものも治らなくなるわ。
ゆっくり休みなさい。

ほら、麗眞くんも行くわよ。

貴方がいても彼女の回復を遅らせるだけよ。
それくらい、頭のいい麗眞くんなら分かるでしょう?

きっと大丈夫よ」

琥珀のお母さんに皆が肩を押されて、病室から出て行く。

チラ、と麗眞くんがこちらを振り向いた。

「拓実。

理名ちゃんも、だけど。

椎菜のこと、頼んだ。

頼りにしてるよ」

任せとけ、とでも言うように、拓実はグッ、と親指を立てた。

皆が病室を出るのを見送った後、空気を読んでくれたのだろうか、看護師の女性が部屋を訪れた。

拓実と仲良さそうにドイツ語で何やら言葉を交わしている様子にモヤモヤした。

だが、今の彼はこの病院の人間なのだ、仕方ない。

何やら薬剤を入れ替えて点滴の針を私の腕に刺した金髪の看護師が去った。

その後で、拓実は私の頭を優しく撫でた。

「何?
もしかして、何かあると思った?
あの看護師さんと?

それはない。

俺の指導医、ってだけ。
恋愛面でもね。

妬いたの?

理名が可愛すぎてどうしよ。

正瞭賢公認カップル片割れの気持ち、今なら分かるな。

今すぐさっきの別荘で出来なかったことしたいくらい」

「何か言ってた?
さっきの看護師さん。
私のこと。

さすがに、ドイツ語は全然分からないから」

「んー?
俺にピッタリの、可愛い彼女さんだね、って。

あの子も医師志望なら、いっそのことこっちに呼んだらいいのにとも言ってたけど。

理名のことも、彼氏に溺愛されてるプリンセスも、しっかり治すから安心してほしいってさ。

ま、病室内でイチャつき&過保護すぎて呆れられてたけどな、麗眞。

とにかく、今は寝てな?

強い薬を入れたから、目眩とか吐き気も個人差はあるが強いらしい。

お手洗いとか行くならナースコール押してくれだって」

「拓実の研修の邪魔だよね、ごめん。
ドイツ来てまでこんなことになって」

「まったく。

理名のそんな台詞聞きにわざわざ会いに来たわけじゃないんだけどな。

理名が悪いとかじゃないんだから、
つべこべ言わずに寝ろ?』

ウトウトしている最中、拓実に軽いキスをされた気がしたのは、気のせいだろうか。

そんなことを考えていると、いつの間にか眠りについていた。