熱いくらいのお湯につかっても、顔の火照りと胸のドキドキはおさまらなかった。

一瞬だけだったが、唇に触れた感触。

柔らかくて、どうにかなってしまいそうだった。

それ以上することのなかったキスは、一体どういう意図だったのだろうか。

冗談のつもり?

同情?

それとも、拓実くんは本気で私が好きなのだろうか。

ワケが分からず、とにかく頭を整理したかった。

とにかく、ここから出なければ。

浴槽から上がって、ロッカーまで着替えを取りに行こうと足を踏み出した瞬間、ふらりとよろけた。

頭がぼんやりして、頭を断続的に叩かれているような頭痛がしてきた。

決して入浴後にしては尋常ではない汗を全身にかいてくる。

のぼせか脱水症状か。
直感でそう思った。

何とか着替えようと思ったが、腕を伸ばすこともままならず、タオル1枚の状態で床に倒れた。

しばらくすると、目覚めにしてはやけに豪華なシャンデリアが目に入る。

きっちりと布団が肩までかけられていて、、布団に潜りながら確認すると、きちんとパジャマは着ているようだ。

枕元には、アイスノンと経口補水液がある。

病人みたいじゃない、これじゃ。

「あ、起きた?
理名ちゃん、脱水症状起こして、脱衣所で倒れてたんだよ。記憶ある?」

私を心配そうに見下ろしていたのは、他ならぬ拓実くんだった。

「ごめん。
俺がさ、さっき食堂であんなこと、したからだよね。
変に緊張させたんだ、きっと。

悪かったと思ってる。

あ、着替えさせたのは俺じゃないからね。
ここまで運んだのだけは俺なんだけど。

心配してお友達の皆が部屋に来てくれたから、その子達に任せた。

とにかく、本当にごめん」

「別に、気にしてない。
まだ、恋人じゃないんだし、なんで?
とは思ったけど」

「近くにいられるうちは、理名ちゃんのこと、守ってあげたいからね。
いつ、俺がそばにいられなくなるか、分からないから。

だから、さ。
あんまり思わせぶりなことは、しないほうがいいかなって思ったんだけど、
理名ちゃんの泣き顔見たら、歯止めがきかなくて。
ごめんね?
付き合ってもない子にこんなことする男で。

飲みなよ?経口補水液。
まだ頭痛とかするなら、無理して飲め、なんて言わないけど。

水分補給、大事だよ?
食堂でもお水、全然飲んでなかったじゃない。

冬も油断大敵、ってね。

じゃ、ゆっくり寝なよ?

……おやすみ」

扉はゆっくりと閉まった。

私のことは好き?
とか、拓実くんに好きって言いたいとか、
どこにも行かないよね?
とか。

言いたいことは、たくさんあったはずなのに。

去っていく広く大きい背中に、何の言葉も言えないままだった。

素直に経口補水液を少し口に含む。

無機質な味を飲み込むのは勇気がいったが、これも自分の為に拓実くんが用意してくれたもののはずだ。
そう思うと、少しは気力が湧いてくる。

自分の不甲斐なさに涙が零れたが、それを拭うこともなく、眠りについた。

……翌朝。
拓実くんは先に自宅に戻ってから自分の学校に向かったようだった。

私に何も告げずに行ったところを見ると、彼も何か思うところがあったのだろうか。

学校に行くと、期末テストが返却された。

「……岩崎。
理数系は文句なしの高得点だ。
英語も、まぁ、そこそこだな。

現代文のこの酷さはなんだ。
赤点ギリギリだぞ。

もう少し頑張れ」

教師に痛いところを突かれた。

どの科目も点数がいいのは、椎菜ちゃんだ。

「麗眞にね、どの教科でもいいから1点でも俺より買ってたら、ご褒美くれるって言われてるんだ!
だからね、頑張っちゃった」

満面の笑みでそういう椎菜。

惚気はもうお腹いっぱいだよ……

中間テストが終わった部活動も再開した。
皆は10月の文化祭に向けて、盛り上がっている。

そういえば、夏休みに入る前に話し合っていたのをぼんやり覚えている。

今年は劇をやるらしいが、私たちは軽音楽サークルの練習で忙しい。

ボーカルの練習のし過ぎとバイトでの声の出し過ぎで、喉がイガイガし始めている。


美冬は相変わらず放送部に精を出しているようで、お昼は本当に世間で放送されているラジオよろしく、番組の進行まで行っている。

その番組は生放送で、毎週月曜日にオンエアされているらしい。

放送日は今日というわけだ。

大体は食堂でお昼を済ませることが多い。
しかし、放送は食堂にいると周りのガヤガヤで聞き取れないため、放送の日は誰かしらの教室にいるのだ。

今日は人が少ない。
いつものメンバーがほとんどいないのだ。
不思議に思っていると、その答えはすぐに出た。

『皆さんこんにちは!
お昼のグッドな日!パーソナリティの
関口 美冬です。

皆さん、文化祭の準備に忙しくて風邪など引いてませんか?
今日の新原市の最低気温は17℃!

先週は季節外れの暑さが続いた分、
今日は少し涼しいですね!
心だけはホットにいきましょう!
それでは、今日も30分間、お付き合いくださいね!』

もう一人前のアナウンサーみたいな滑舌で、
校内の皆に元気を届けていく。

『さて、今日はですね、秋冬目前で人肌恋しくなる季節が来るということなのか、恋愛相談のお便りがですね、たくさん届いております。

私1人のアドバイスですと、主観が入ってよくないなーと思っているので、とっても心強い助っ人を、3人お呼びしています。

お一人ずつ、紹介していきますね!

リスナーの方は一度、この番組にゲストとして出演してくださったことがあるので知ってると思います。
浅川 深月さんです!』

『初めましての人も、お久しぶりの人も、こんにちは。
浅川 深月です。

心理学には明るいので、皆さんの恋のお悩みが少しでも楽になるように、手助けできたらと思います。よろしくお願いします』

深月の明るい声がした。
マイク越しでも、いつもの張りのある声がこもることなく、聴きやすい。

『初めまして。
矢榛 椎菜です。

学園のアイドルとか学園のマドンナって言われますが、そんなつもりはないです。

少しでも、私のアドバイスが役に立てばと思います』

椎菜ちゃんの声だ。
透明感のある声がマイクで強調されて、まるで軽音楽部のときのボーカルの声に似ている。

学園のマドンナって持て囃されるのも納得だ。

『初めまして。
皆さん、休み時間、しっかり休んでおりますでしょうか。
宝月 麗眞です。

女性の主観ばかりだと偏ると思うので、とゲストに引っ張り出されて戸惑っていますが、頑張ります。

ちなみに、先程のアナウンスしたのは俺の大事な彼女なので、間違っても惚れないでくださいね?

なお、惚れた奴が万が一にでもいたらグーパンチ入れにいきますので、そのつもりで』

クラス中が笑いの渦に包まれる。
麗眞くんは相変わらずだ。

だが、男の人目線もあったほうが番組も盛り上がるだろう。
こんなにメンバーが少ない理由がわかって、ホッとした。