あたしはよく、善のいない隙を狙って夜抜け出すことがある。みーくんに家まで迎えに来てもらって、ある人の家に行って歌う。


実は何処ぞのお坊ちゃんらしいその人の自宅に音楽スタジオめいた部屋があり防音の壁で楽器もある程度揃っている。そこで20分くらいは歌う。


善にバレるとかなり厄介だからすぐに帰るけれど、歌っている時間は貴重だ。
昔から無表情で、口数も少ないあたしだけれども歌っている時は別人になる。


歌っている市河 夜凪は、嫌いじゃない。
こんな風に客観的に自分をみる市河 夜凪は、好きではないけれど……。


「みーくんがあたしの弟だったら、確実にブラコンになってた。」


「あんたの弟なんか死んでも御免だ。」


ふーん。何だ、残念。…対してそうは思っていなかったけれどね。それにしても、そんなに本気で嫌そうにしなくてもいいのにと思う。


「何か、夜に出掛けるってゆわれた。」


「へぇ…、珍しいね。あんたの兄貴、18時以降のあんたの外出禁止してんのに。」


「あー、うん。多分、今回は善も一緒だからだと思う。」


じゃなかったら夜遊びなんて善が許すはずがない。門限である18時以降の外出は禁止だし、例え善と同伴だろうと彼はあまりあたしを夜の外に出したがらない。


というより、あたしの存在が広まるのを嫌がっている。それに関してはあたしも同意見だから、忠実に言いつけを守ってはいる。


…まあ、歌うときは別だけれど。それだって充分な注意を払って外出してるし。
兎も角、インドア派なあたしとしては、門限はそれほど苦では無いんだ。


善とあたしは、市河 夜凪という存在が本当の意味で知られるのを恐れる。
隠しているわけじゃない。ただ、知られるわけにはいかない。