時計が8時を指した頃、善は名残惜しげに家を出た。玄関まで見送っていたあたしに、善は端整な面立ちに心配の色を滲ませて見つめる。……またか。
いつもの心配性を炸裂させた善は、玄関から中々進まない。鳴っている電話も可憐に無視しているし、何だか疲れているような気さえする。
彼は常に優先事項を決めている。それに直結した行動をとるし、その優先事項が変動することはない。
そしてその中で生まれる犠牲を、彼は是としない。
善には明晰な頭脳がある。そしてそれはそのまま、彼のカリスマ性に繋がる。
同時に善は自身に疎い。精神的な面ではなく、肉体的な面で。
自身を蔑ろにしていて、彼は自分を甘やかす事を許さない。変な意味での完璧主義な面がある。
それが、あたしには心配だった。
「今日の夜、善のとこで寝てもいい?」
善の左手を両手で包み、自分の額に持っていく。あたしは低体温らしく、善の手の温かさがホットココアの温もりと被って薄く笑った。
「今夜は寒いから、一緒のベッドで寝る?」
「暑くても寒くても、善はいつもくっ付いてくる。」
「やなの抱き心地が良いからね。」
人を抱き枕のように言って笑う善に、あたしは呆れの眼差しを向ける。
どうやら、回復したらしい善はよくやく家を出た。
彼を見送って、あたしも制服に着替える。これでも健全な女子高生なのだが、携帯で時計を見れば8時45分。完全に遅刻。
善は今年で18歳の高校3年生で、この地区でも有名な進学校、南丘男子高校に通っている。進学校といっても、校則は緩いらしく模試やテストの点の良し悪しで待遇も変わってくるらしい。
言わずもがな、善は常に学年トップの成績の保持者。本人曰く、勉強はしていて得だからしているらしい。要領が良いのか、善がガリ勉している姿は1度も見たことがない。