「かぁいいね、イチちゃん。さすがシローの女なだけあるなぁ……。」


「…さっさと車出せ、美岬。」


面倒くさげな善の言葉に、美岬は底意地の悪そうな笑みを零して車を発進させた。何となく、美岬を面白いと思った。
得体の知れない妖しさはあるけれど。


思ったよりもお喋りではないらしい美岬。元々口数の少ない善。無口なあたし。
車内は当たり前だけれど静まり返っていた。


個人的に沈黙が苦ではないあたしは、ボンヤリと窓の外を眺める。
夜の街は危険な色を放ち、人々を誘惑する。


惑わされるが最後。きっと、抜けられない。けれども本当の意味で、この世界は綺麗でないと知っている人は少ない。


あたしは、善悪の判断や何かに対する評価が他とは違うらしい。困ったような顔をして、よく『あの人』は諭してくれた。……あたしは、許容し過ぎるけれどそれだけだと。


よく意味が分からないけれど『あの人』があたしを理解してくれているようで、嬉しかったと思う。もう朧気でしか、思い出す事は出来ないけれど………。





「……あのー、イチちゃんに頼みたいことがあるんだけど。」


唐突に、美岬が言った。
あたしは思考を他へ向けたまま、運転中で前を見据える美岬を見遣る。


「…………なに?」


「そのフード取って、顔をよく見せてもらいたいんだよねー。」


あたしは此処で初めて、無表情に訝しさを滲ませた。美岬の言葉に引っかかりを覚えた。


「………じゃあ、さっきの可愛いってゆうのは何を見てそう判断したの?」


無感動に疑問を口にした。
美岬は一瞬黙り込むと、次の瞬間にはニヤリと妖しげに笑った。
それを見て、あたしはゾワリとした奇妙な感覚を覚えた。


無表情を固まらせたままのあたしに、美岬は前方を見たまま答える。


「ただの勘かなー。でもさ、おれってば滅多に女に可愛いなんて言わないんだよー?」


「………ふぅん、そっか。美岬って運転上手だよね。」


「わー、軽くスルーされた!けど褒められたー!」


「……違ぇよ。イチは照れてんだよ。」


不意に言って、善は何とも不愉快そうに美岬の乗る運転席を蹴った。どうやら、あたしが早々に美岬を受け入れたのが気に入らないらしい。