詩月は、郁子の見た目の可憐さや頼りなさからは、想像できないほど迫力あるピアノ演奏を思い出す。


――あの音色に幾度も励まされ、力をもらった。
あの音色を聴かなかったならば、今ここにはいない。
緒方に出会わなければ、今ピアノを弾いていなかった


「……緒方」

溜め息と共に詩月はポツリ、名を呼ぶ。


――呼んでも返事なんてないのに


込み上げる寂しさと空虚さに「ROSE」の歌詞とメロディが口をつく。


「Some say love it is a river.
That drowns the tender reed……」


手入れを終えたヴァイオリンを手にゆっくりと、立ち上がる。

ヴァイオリンをケースに仕舞い、机の上に置き窓辺に立ち、カーテンを閉めようとして窓辺に寄る。

外気で曇る窓硝子を数本の指で撫で、外を見る。