鉄面皮を被ったような師匠に叱責され、傷心で駆け込む……駆け込み寺のような存在の喫茶店。

詩月は珈琲の香りと壁に飾られた水彩絵具の風景画、マスターの描いた横浜の街と、マスター夫婦の笑顔に癒された。


――あの喫茶店で緒方が


詩月は、縁とは不思議なものだと思う。


――あのピアノで1度だけ、「ヴァオリンロマンス」を弾いたな


懐かしさが込み上げる。


郁子が、どんな風に「ヴァオリンロマンス」を弾くのか、どんな風に仕上げるのかを思うと、詩月の胸の奥は暖かさで満たされていく。


詩月は、いつもはf字孔から中々出てこない米粒に苛つくのだが、何故か穏やかでいられる自分が不思議でならない。


――あのピアノの音色、生命力にあふれた、力強い音色


詩月は郁子がピアノを弾く姿を思い浮かべる。