――わたしね、今月からバイトを始めたの。
ピアノ弾きのバイト。マスターの奥さんがね、一青窈風の歌い方をする喫茶店



詩月は郁子からのメールに「あっ」と、声を漏らす。


詩月が横浜でヴァイオリンレッスンの帰りに、よく立ち寄りアップライトのオールドピアノを弾いていた喫茶店。


落ち着いて、ゆっくり寛げる店だし、粗びきで挽く珈琲の芳醇な香りが、ついピアノ演奏を数曲弾かせてしまう――そんな心地好い雰囲気が詩月は好きだった。


――へぇ、彼処は客層が良いから弾き甲斐もあるだろう。
雰囲気もいいし、ピアノも上質な音を出す。
君のピアノなら、ファンも増えるだろう



喫茶店の様子を思い浮かべながらメールを返す。



――えっ!? 知ってるの、あの店を……。
奥まった所にある店なのに


――穴場だからな。
レッスンの帰りに、よく寄っていた。
夏には、格別な弾き語りを聴けるから、楽しみに