たくさんの涙が引き金になり、胸に嫌な痛みが走る。

ベッドに腰掛けていた身体は崩れ落ち、苦しみのあまり誰かを呼ぶことさえできない。

お願い… 誰か気がついて…!!

そして消えゆく意識の中で夢を見た。

まるで走馬灯のような昔の思い出…



「きぬちゃん、おいで?」

「いやぁ~」

まだ幼いあたしは神谷先生とよく追いかけっこをしていた。

しかし、そこは病院。

けして遊びではなく、嫌いな注射から逃げるためだ。

「きぬちゃん、お願いだから走らないで…」

困り果てた神谷先生をよそにパタパタ駆け回るあたし。

「やーだー」

一瞬よそ見をしたその時、誰かにぶつかってしまった。捕まる…!

恐る恐る顔を上げると

「おにぃちゃんっ!」

にこっと微笑んだ彼が立っていて、ひょいと抱き上げられる。

「また逃げ出したの?本当に元気だな」

「うん!きぅ(きぬ)、げんきだもんっ!」

「じゃあ、もっと元気になって いっぱいお外で遊ぼ?」

お兄ちゃんはそう言うと、あろうことか神谷先生にあたしを差し出す。

「いやぁぁぁ!」

必死にお兄ちゃんにしがみつくあたし。

「じゃあ一緒にいるから注射、頑張れる?」

お兄ちゃんはよくギュッと抱きしめてくれた。

一人が寂しい時も、不安な時も。

お兄ちゃんの笑った顔、寄り添った温もり全てが心を温かくしてくれた。