「お前そんな理由でちゃんと向き合おうとしなかったのか。幸せになれるに決まってるだろう、俺の自慢の息子だぞ」
「はいはい」
「こんなバカな父ちゃんの息子なのに、誰に似たのか国立の大学出て立派な医者になるなんて。俺の人生は汚点だらけだけど、お前の存在が唯一誇れるところだ」
「……それは、あんたが一生懸命働いてたから」
「あぁ、だからあまりお前に構ってやれなかった。だけどまさかこんな冷たい人間に育つなんて……。本当に仁菜ちゃんから感じ取るものは何もなかったか?」
そう言われて、何も返せなくなってしまった。
その後奴は、どっかのお店の女の子から電話がかかってきて、慌てるようにして帰っていった。
……仁菜から何も感じ取らなかったと言えばウソになる。まぁまず挙げられるのが、うざい、暑い、バカ、というような悪口のオンパレードなのだが。
それでも混じりけのない素直な好意は、だんだん心地良いものに変わっていったような気がする。
だけど、それだけでまた一緒に住むとか付き合うとかは考えられない。
……あいつの残りの荷物とか家具とか少ないけど、早めに家に持ってってもらわないとな。
そう思って仁菜の部屋を見渡すと、ピンクのファンシーな家からつぶらな瞳で見つめてくるネズミがいた。思わず顔がひきつる。
なんでハム子置いてってんだよ、唯一の家族じゃなかったのかよ。
チューチュー鳴くネズミ。なんだこんなに鳴くものなのか、それともお腹が空いて鳴いてるのか。別に放っといても良かったが、ここで死なれても気分が悪い。
仕方なく、仁菜に再び電話することに、
「お前ネズミ置いてってるけど」
『えー?』
何やら電話口から、パチパチと激しい火花のような音がする。
俺の声が聞こえないのか、そう聞き返され、大きな声で尋ねた。
「えー?じゃねぇよ、何してんだよ」
『何って、花火です』
あっちも大声で返してくるもんだから、耳に響いてすかさず携帯を離した。呑気に花火です、と返って来て言葉が少し乱暴になる。
「はぁ?花火ですーじゃねぇよ。てめぇのネズミが腹空かせてチューチューうるせぇんだよ」
『えぇ?なんですかー?』
「……もういいや」
もう大声を出す元気もなくてそのまま切った。