◇ ◇ ◇
「もう、お家に帰る」
そう、小さな声で言って部屋に閉じこもった仁菜。おぉ、やっと出てくのか、そう思いながらも、お前帰る家あったのかという驚きの方が何倍も勝っていてしばらく一人固まっていた。
え?天涯孤独でハムちゃんが唯一の家族っていう設定だったんじゃないのか?
オヤジが言っていたことはデタラメだったのだろうか。早速電話してみるが、……おかけになった電話番号は、云々かんぬんで繋がりやしない。
まぁいいや。真相がどうであれ、出て行くっていうのならめでたしめでたしじゃないか。
一緒に暮らし初めてちょうど一か月位経っただろうか。
その間に奴は2回程家を出ているのだが、その度に出戻って来てしぶとくうちへ居座っていた。
先日の秋のブドウ狩り発言にしても、あいつはあわよくば居座ってやろうという魂胆に見えたし、このタイミングで家に帰ると言うのだから良かったじゃないか。
だけど俺は、あいつが出ていく度に、最初は喜びながらも、しばらくするとモヤモヤし出すという病気にかかっているようで。間違っても家を調べて迎えになんて行かないように、と自分の中で強く言い聞かせていた。
しかし出て行ってからしばらくすると気になってくるもので、本当に家があったんだろうかとか、毎度のことだけど今頃どっかで野垂れ死んでないかだろうか、だとか。自分でも馬鹿みたいだと思うが、どうしても心配になってしまうのだ。
思い切って電話をしてみると、2コール位ですぐに電話に出た。
『彰人さんっ!?どうしたんですか?』
俺が話し出す前に、思わず電話口を離す程の声量で話してくる。
「……いや、ちゃんと家に帰れてるかと思って。大丈夫か?」
『彰人さんから電話してきてくれるなんて嬉しいです』
自分から聞いてきたくせに、俺の質問には答えないという高等なコミュニケーション。
電話の向こうで俺の声に浸っているようだった。
「帰る家ないんじゃなかったのか?家賃滞納しててって」
『あぁ、はいそのことならまぁ……』
とぼけるような言いぐさに疑問が残り、矢継ぎ早に次の質問をした。
「確か、母親が中学生の頃に失踪してるんだよな?」
『え?あぁ、えっとそうですね……』
そう聞き返されて、遠くからごにょごにょと誰かと相談するような声が聞こえてきた。
「あー、もういいよ、分かった。お前がちゃんと家に帰れてるなら」
『彰人さん、』
俺を呼び止める声がしたが、元気そうな声が聞けたから俺的にはもう満足。
モヤモヤ病の悪化を恐れて、早々に電話を切った。