その日の仕事終わり、珍しく家に水嶋さんがやって来た。ファイトポーズをとって身構える私を完全に無視し、いとも簡単に私のパーソナルスペースに侵入してくる。
「ルリルリちゃん、久しぶりー」
そう言ってハグしようと両手を伸ばしてくる変態に、すかさず彰人さんの影に逃げる。
「いつぞやは大変お世話になりましたが、あの屈辱を私は一生忘れません」
声色を変えてそう言うと、彼は全く悪びれない様子でニヤニヤしながら私の頭に手を置く。
「ごめんね、トラウマになっちゃった?今度は違うコスチューム用意しておくからね」
「良かったな、仁菜」
そう言って、その変態にもう少し布地多い奴な、と付け足す彰人さん。
「全然、良くないです!もう着ませんよ!」
ぷんぷん怒る私に、まぁまぁと宥められ一緒に夕食を食べることに。なんでいきなり連れてきたんだろう。まさか、またいつでも私を水嶋さんちに預けてもいいように?それじゃ本当ペットみたいだけど。
そして変態が帰った後で、彰人さんの魂胆が分かることに。
「水嶋いいやつだろー」
お手伝いでお皿洗いをしていると、ソファーから後ろ姿のまま不意に声をかけられる。この人は何を言っているんだろう。あいつは私にとって変態でしかないのだけれど。
「しかもあいつ実家でクリニックやってるから将来、玉の輿だよ」
私はあんな変態嫌だし、水嶋さんだって私自身にはまるで興味ない。
「仁菜は愛があればお金はいりません」
「はぁ、これだから」
そう言って人を子ども扱いするかのように、
「愛がなくても生きていけるけど、お金がないと生きていけないんだよ?仁菜ちゃん」
と言われ、思わず反抗する。
「愛がないと生きていけないよ!」
「人それぞれだろ、そう言ったら俺なんかとっくに死んでるわ」
自分で言って笑ってる彰人さん。
「朝、お前がどこにぶつけていいか分かんないって言ってただろ?水嶋で良いじゃないか」
「全然良くないですよ、水嶋さんだっていい迷惑です」
「俺だっていい迷惑だよ」
笑いながらそう突っ込まれ、思わずうっと言葉に詰まる。
そんな魂胆で、今日いきなり連れてきた理由は分かったけど。
人の気持ちがそう簡単に変えられるものだと思っているのだろうか。