その日は休日の終わり。そろそろ夕食を作り始めるかとソファーから重い腰をあげようとしたところ、懐かしいアホみたいな声が玄関から響き渡ってきた。
「彰人さーんっ」
「……え?」
「見て、さくらんぼいっぱいっ」
そう言って登場した仁菜。ノースリーブに短パンと麦わら帽といった姿。そして日焼けしたての赤い肌。クーラーボックスを2つ首に左右ぶら下げ満開の笑顔で、その中にぎっしり詰められたさくらんぼを見せつけてくる。
もはやどこから突っ込んでいいか分からない。それに、確か結構ひどいことを言ったはずなのにどうしてこいつはこんなに陽気に俺に話しかけてこれるんだろうか。大量のさくらんぼに顔を引きつらせて困惑していると、仁菜の方から説明し始めた。
「さくらんぼ狩りしてきたんです」
「どこで?」
「山形です!かの有名な、イトウニシキですよー」
「なんで山形までわざわざさくらんぼ狩りに行くんだよ」
「だって彰人さん元気ないから、さくらんぼ食べたら元気になるかなって」
なんで?俺さくらんぼが好きだなんて一言も言ったことないし、実際別に嫌いじゃないけど特別好きっていうものじゃない。
それを何で、俺がさくらんぼ食べると元気になると思うんだろう。それだけのために山形に行くって、しかもこんな重いクーラーボックス二つも持って。本当毎回思うけど、こいつの脳みそはどういった思考回路しているんだろう。
「なんで、さくらんぼ?」
「だってさくらんぼ嫌いな人いないじゃないですか?」
「俺がさくらんぼ食べれなかったらどうすんだよ」
「え?食べられないの?」
「いや食べれるけどさ。せめて聞いてから行けよな」
「だってそれじゃサプライズにならないから。……あまり嬉しくないですか?」
少し寂しそうに言うもんだから、慌ててフォローする。
「あぁ、え、嬉しいか嬉しくないかって言われたら、嬉しい……かな」
「良かった」
そう言って安心したようにクーラーボックスをキッチンに下ろしさくらんぼを洗い始めた。
「……お前怒ってねぇの?」
「どうして?」
「どうしてって、俺結構ひどいこと言ったと思うんだけど」
「えっ?全然気にしてませんよ、人間生きていれば多少感情に波があるのは当たり前です。そんなこと気にしないでください、ただでさえ思い悩んでいるのに余計な心労を増やしちゃだめです」
……目から鱗というか。俺よりずっと年下で頼りないのに、それを聞いて俺なんかよりずっと懐が深いような気がした。
「彰人さん、小分けするのにパック使って良いですか?」
「あ、あぁ」
そう言ってソファーから立ち上がり、キッチンの引き出しからパックを何個か出してやる。