初夏も近づいた頃。
「よし、、と。」
私は鏡を見ながら、唇に紅を引く。
お気に入りのシャネルのリップが、そろそろなくなりそうで、辛い。
色も、廃盤になってしまったとかで、お店に行っても、もうない。
「おかしくないかな。」
姿見の前で、一回転してみて、ま、いっか。と頷く。
同時に、間の抜けた着信音が響き、ずっこけた。
「―はいはい!」
怪我した時に、携帯は壊れた。
なのに、新しくしてからも、なんとなく馴染み深い着信音に設定してしまっていた。
ーやっぱり、ナイな。
この電話を切ったら、即刻着信音を変更しようと心に決めながら、電話に出れば。
《花音!?準備できたの?!》
当然のように訊ねる母の声が、耳を突き抜ける。
「…できたよ、一応。」
電話で顔が見れないことをいいことに、私はぶすっと膨れっ面を作り、鏡の中の自分を睨んだ。
《一応って…しっかりしなさいよ!今日はお祖母ちゃんも来るから!くれぐれも粗相のないようにね!》
「…はーい。」
《時間には遅れないでよ!》
「…はーい。」
機械的に返事をし、早く終わらないかなーと思いながら、ストッキングを履いた脚のつま先を見つめた。
《……何時に出るの?!》
母は、気のない私の返事に気付いたようだ。
「もうすぐ出るよ。」
《え!?早いんじゃない?》
「ちょっと…寄る所、あるから…」
え、と、母が息を呑んだのが電話越しに聞こえる。
《逃げんじゃないわよー!?》
直ぐに疑うような声が上がり。
「大丈夫……そんなんじゃないから。」
諦めたように笑って、電話を切った。