4月になると、寒かった冬は影を潜め、春らしい陽射しが通りを照らすようになった。
日も大分長くなったけれど、夜になればまだ肌寒い。
「ただいまぁ…」
誰も居ないとわかっていながら、玄関先でなんとなく呟いた言葉がやけに虚しい。
廊下を通って居間に辿り着けば、必ず目に入る写真立て。
未練がましいのは百も承知だけれど、そこには今もいつかの写真が飾られたままだ。
そして、その前にあるのが。
「私…持ってて良いのかな…」
使われることも、持ち主の元に戻ることも出来なくなった、鍵。
何のキーホルダーも、付いていない、裸のままの、鍵。
中堀さんからもらったまま、私の手元に残っている。
返して欲しいとも、言われなかったし、どこに返しに行けば良いのかもわからない。
毎日仕事から帰ってきては、コートも脱がないまま、暫くじっと、この鍵と睨めっこするのが、私の日課になっていた。
そうして、ぼんやりとした時を過ごす。
もう無くなってしまったことを、認めたくなくて。