アイスココアを飲んでいた光が
「俺、もう帰らないと」
と言いながら、突然立ち上がった。
「あれれ、もう帰っちゃうの?
後少しぐらいなら、余裕あるのに」
マスターは作業を中断し、
心底残念そうな顔をする。
いつもなら、6時ぐらいまではいるのに。
まだ5時にもなっていない。
何か急用でも思い出したのかな…。
「明日、また来る。ごちそうさま」
鞄を肩に掛け、足早に光は出て行った。
「あらら、今日はミカちゃんの
付き人がいなくなっちゃったよ。
まあ最近はもう明るく
なってきたんだけど…。
でもミカちゃんも、
今日は早めに帰った方がいいかもね」
再びウィンドウの後ろで
慌ただしく動くマスターは、
独り言のように呟いた。
いつもは光が途中まで
一緒に帰ってくれるんだけど…。
マスターの言う通り、
今日は少し早めに引き上げた方が
良さそう。
もう少しで、お客さんの出入りも
多くなる時間帯になるし。
「ん、じゃあ私もそろそろ帰るよ」
私は荷物を持ち、立ち上がった。
結局、エレナには今日は
会えなかったな…。
マスターは
「ああ、帰り道気をつけてね。
最近は変な輩がいるらしいから、
1人で返すには少し、
抵抗があるんだけどね…」
と少し眉間に皺を寄せながら、
入り口まで私を送ってくれた。
「それじゃ、また今度」
少し薄暗い、曇天の夕方。
私はマスターの言っていたことを
気にして、人が多い道を
通って帰ることにした。
**********
「あ!清水さんだ!!」
人気のない住宅街に入り、
少し歩いたところで私は呼び止められた。
「清水さん、ちょっと待ってよ!」
「…?」
あ、賀茂君だ。
スーパーの袋を片手に、
駆け寄ってくる。
…なんか、犬っぽい。
猫っ毛っぽい黒髪が
ふわふわと上下している。
「偶然だね。
家、ここら辺なの?」
私に追いついた賀茂君は、
呼吸1つ乱れていない。
陰陽師とイメージ違うけど、
体力もあるのかもしれない。
「まあ、ここら辺かな」
「じゃ、送ってくよ」
え!?
「最近、不審者がいるらしいし…。
女の子1人じゃ危険だと思うよ」
「いや、大丈夫だよ。家すぐ近くだし」
嘘。本当は後10分くらい
歩かないといけない。
けど、昨日今日知り合った人に、
あんま迷惑掛けたくないし…。
「ダメ。遠慮しないで。
俺が送りたいんだよ」
優しく微笑みかけてくれる賀茂君。
不覚にも、
ちょっとカッコイいかも…なんて、
思ってない思ってない!
まあ、むやみに断るのも
失礼だし…
マスターも危ないって言ってたし、
送ってもらおうかな。
私は賀茂君に頷いた。
「よし、じゃ行きますかっ」
賀茂君は、ビニール袋を持つのとは
逆の手で、私から鞄をひょいと
取り上げた。
「あ…」
「で、家ってどこ?」
きっと賀茂君は無意識で女の子に
優しいんだろうな…。
「…駅の近く」
「って10分以上かかるじゃん!
気遣わなくていーのに」
賀茂君は笑いながら、
私の頭をポンと一瞬だけ触れた。