異世界で不老不死に転生したのに余命宣告されました




「で、でも、もっと先まで一緒にいられたとしても、オレは君に家族を作ってあげることはできない。君に幸せになってもらいたいのは、オレもバージュ博士と同じなんだよ」
「あなたが家族になってくれたらそれでいいわ」

 またしても間髪入れずに、否定されてすっかり調子が狂ってしまう。

「え、いや、あの、女の子って子供がほしいとか思うんじゃないの?」
「子供ならたくさんいるもの」
「は?」
「ムートンにトロロンに、あなたもそうね。これからもっと増えるかもしれないわ。別に人間の子供にこだわることないじゃない」
「あ、そ、そう……」

 まぁ、オレって解脱しちゃってるから、このまま清らかな関係でいつづけても別に苦にはならないけど。
 って、違う! 清らかだろうが薄汚れていようが、特別な相手になってしまうのが問題なんだ。

「余命宣告が無効になったんたら、オレには永遠ともいえる時間があるんだろ? 一緒にいた時間が幸せであるほど、君がいなくなった後の時間が無意味に感じられるよ。それはオレが辛い」
「私がいなくなった後の時間は三日間しかないわよ」
「へ?」
「バージュモデルって寿命が設定できるの。私が死んで三日経ったら、あなたは機能を停止してメモリと人格はリセットされるわ。喪失感を味わって悲観している暇なんてないわよ」
「オレ、リズと連動して死んじゃうの?」
「そうよ」

 そこまで人間らしさを追求しているとは。




「でもなんでそんな設定があるの? リセットされたら長年蓄積された仕事スキルも消えちゃうんだろ? また一から教えるって手間じゃん」
「うーん。一言で言えば、バージュモデルの特性がそうせざるを得ないようになってるのよ」
「どういう意味?」

 リズは苦笑しながら説明してくれた。
 バージュモデルを求める人は、ロボットに人間らしさを求めている。そのためノーマルモデルのような一般の仕事をさせるより、マスターの友人や親族のかわり、決して裏切らない仕事のパートナーといった特殊な仕事を与えられることが多い。
 マスターと一対一で接する時間が長いので、グリュデが言ったように感情を持つバージュモデルはマスターへ依存する傾向がある。
 そんなバージュモデルは、マスターを失った後、喪失感から使い物にならなくなるのだ。人間と違って思い出を忘れることができないので、ずっと使い物にならない。

「二度と戻らないものに囚われて動けないでいるなんてかわいそうでしょう? マスターが代わるなら前のマスターから解放してあげないとね」
「そうだね」
「他になにか気になる問題はある?」
「あー、とりあえず、それだけ」

 なんだ、悩まなくていいことで悩んでたのか。てか、悩んでたのオレだけ? 本来なら、無機物に惚れてしまった人間の方が悩むもんじゃないのか? ロボット大好きにもほどがあるだろ。





 すっかり脱力してしまったオレを横目に見ながら、リズがクスクスと笑い出した。

「寿命のこと知ってるんだと思ってたわ。”オレのマスターは生涯レグリーズ=クリネただひとりだ”って断言してたから」
「あれは、おまえなんかに従うもんかって言いたかっただけ」

 リズがいたずらっぽい表情を浮かべて、上目遣いにオレを見る。

「ねぇ、さっき私のこと好きだって言ったわよね?」
「言ったけど?」

 投げやりに答えて顔を背けると、回り込んでのぞき込んできた。くそぅ。嬉しそうな顔しやがって。かわいいじゃねーか。

「それって本当?」
「ロボット、ウソつかない」

 照れ隠しにムートンの機械音声をまねて言うと、リズはプッと吹き出した。

「あなたはうそつきなくせに」
「うるせー。減らず口たたいてると、もう一度ふさぐぞ」
「エロボット」
「エロボットですが、なにか?」

 そう言ってリズを抱きしめる。一瞬驚いたように目を見開いた後、リズは嬉しそうに微笑んでオレの背中に腕を回した。

「シーナ、大好き」
「オレも」

 ゆっくり顔を近づけると、リズは少し不服そうに眉を寄せて顔を背けた。

「ダメ。ずるい。ちゃんと言って」

 頬に手を添えて背けた顔をこちらへ向かせる。艶っぽく潤んだ瞳を見つめながら囁いた。

「リズが好きだ」

 満足そうに満面の笑みをたたえて、リズはゆっくりと目を閉じる。かすかに開いた小さな唇に引き寄せられるようにして、オレは静かに口づけた。

 全身から伝わるリズの生体反応が幸せと喜びに満ちあふれている。はぐらかして突き放してしまわなくてよかったとつくづく思った。

 ただひとつ、どうでもいいことが気になってしょうがない。腰にケーブルを繋ぎっぱなしなのが、すげー間抜け。





 翌日オレとリズは別々に事情聴取を受けた。オレの方は、大半がモニタリングシステムでデータ取得済みだったので、ほとんど時間はかからなかった。リズもグリュデから得た情報の補足程度で聴取時間はほとんど変わらない。もっとも、独断でオレを預けようとしたことに関しては、がっつり厳重注意を受けたらしいが。
 なにしろ事件の詳細はグリュデからすでに取得済みだったのだ。というのも、クランベールの犯罪者にプライバシーなど微塵もないからだ。
 容疑が確定している犯人には、時間をかけて取り調べだの事情聴取などしない。脳内の記憶を直接押収するのだ。
 ウソやごまかしなど一切無意味。妄想と実記憶との判別をするシステムも確立しているらしい。
 こんなところにもクランベールの「時間がもったいない」精神が生きているとは。

 冤罪は限りなくゼロになるけど、えげつないなぁと思わなくもない。こんな目に遭うなら悪いことしないようにしよう。と普通は思うはずだが、どういうわけか、犯罪件数がゼロにはなってないのが現状だ。

 リズと入れ替わりに事情聴取を受けた後、二課長に呼ばれて事務室に向かう。声をかけて中に入ると、歓声に出迎えられて思わずひるんでしまった。





 二課長が一番奥の席からにこにこしながら手招きする。

「シーナ、正式な辞令が出たよ。昨日のはやっつけの略式だったからね」
「昨日の?」

 そういえば、フェランドがオレのことを正式な捜査員だって言ってたっけ。略式だけど、辞令が下りてたんだ。なんでわざわざそんなことしたんだろう。
 二課長は苦笑しながら真相を明かす。

「強行突入には差し迫った明確な理由が必要なんだよ。リズに関しては曖昧だったし、ロボットに戦闘を命じたことは差し迫った理由としては弱いしね。裁判で指摘されないように、突入前に略式な辞令を交付してもらったんだ」

 なるほど。オレが備品のままだと、やっぱり差し迫った理由としては弱いんだろうな。

「グリュデ氏については、以前から一般捜査二課の方で要注意人物としてマークされてはいたんだ。ほら、君がラモットくんと聞き込みに行った事件があっただろう。あれを含むバージュモデル盗難事件だよ」

 やっぱりグリュデの仕業だったのか。まぁ、オレごときが勘づいたくらいだから、プロにはわかりきってたんだろうな。

「怪しいのはわかっていても、しっぽを出さなくて歯がゆい思いをしていたらしいよ。君には囮になってもらった形になったが、おかげで逮捕できた。これからも、正式な捜査員としてよろしく頼むよ」
「はい、改めてよろしくお願いします」

 差し出された手を握り返すと、二課長は満足げに頷いた。

「事務室に君の席を用意したから、今後はなるべくここにいるようにしてくれ。シャスくんの隣だ。私は別にかまわないと思うんだが、局内の風紀がどうこうと言う人が何人かいてね」
「風紀?」
「じゃあ、私は記者発表があるから、あとはラモットくんかフェランドくんに聞いてくれ」

 そう言って二課長は忙しそうに部屋を出ていった。




 そっか。お国の機関の不祥事だから、世間は大騒ぎなんだな。それはともかく、なんだろう。二課長の奥歯に物が挟まったような言い方は。
 オレは言われたとおり、近くにいたフェランドに尋ねた。

「風紀ってなんですか?」

 フェランドがニヤニヤ笑いながら答える。

「おまえとリズが密室にふたりきりでいると、仕事中でもイチャイチャするんじゃないかって勘繰ってるお偉いさんがいるんだよ」
「は? 起動したときからほとんどふたりきりで研究室にいますけど、なんで今頃になってそんな心配をされるんですか?」
「昨日、おまえのモニタリングデータは、オレたち特務捜査二課のメンバー以外に一般二課の担当チームと局のお偉いさんたちも見てたんだよ」
「え……」

 てことは、アレを見られたのか。でもオレの視点なのになんでそんなことわかるんだ。目、閉じてたのに。
 絶句したオレに、フェランドはニヤニヤしながら手招きする。顔を近づけると、こそこそと耳打ちされた。

「”目先のことにとらわれずに冷静になれよ”とか、かっこいいこと言いながら、いったいどんなキスしたんだ?」
「どんなって……」

 そっか、骨伝導でも音声は発してたから、モニタリングデータには反映されるんだな。でも色っぽい会話なんかしてないし、リズは大暴れしてたのに。
 それにゆうべのはともかく、あの時は……。

「いや、キスじゃなくて命令を阻止するために口をふさいだだけですよ。てか、なんでキスだと思われてるんですか?」

 にっこりと天使の微笑みで言い訳するオレを、フェランドはひじで小突きながら追及する。

「ごまかしても無駄だ。普通に考えてわかるだろう。おまえが目を開けた時にあんな近くにリズの顔があったら」
「え……」

 まぁ、そうかも。オレはひとつため息をついて尋ねた。





「そういえば、モニタリングシステムの起動がやけにタイミングよかったんですけど、マスター命令で通信が遮断されてたのにどうやって私の行動を把握してたんですか?」
「あぁ、外にある防犯カメラの映像を追ってたんだ」

 お茶を配って回っていたロティが、班長の隣でにこにこしながら答える。

「私が捜査に協力しちゃいましたぁ」

 なるほど、コンピュータ頭脳のロティなら、ターゲットを見失うことなく素早く対象のカメラを切り替えながら追跡するのは簡単だろう。

 それにしても、断られるのをわかっていながら、毎度めげずに班長にお茶を配るんだなぁ。立派だ。
 って、えぇ!? 班長がお茶を飲んでるよ! いつから、どういう心境の変化で!?

 凝視するオレの視界を遮るように、わざとらしく身を乗り出したフェランドが、さらにわざとらしく話題を変えた。

「そうだ、シーナ。来週からおまえに後輩ができるぞ」
「後輩?」
「おまえの功績が認められて、もう一体ロボット捜査員が配属になるんだ。おまえに負けず劣らず超高性能なバージュモデルだぞ」
「へぇ、そんなに予算がついたんですか」

 超高性能なバージュモデルって、家が一軒買えるくらいお高いんじゃなかったっけ? お偉いさんに風紀がどうこうと言われたオレの功績が認められたにしては、ずいぶんと思い切りよく太っ腹だな。




 感心するオレを見ながら、フェランドは苦笑する。

「いやぁ、中古品なんだよ。超高性能には違いないが、いらないから引き取ってくれって言われて超破格値」
「そうですか」

 ようするに廃品回収品。中古じゃないだけで、オレもにたようなもんだけどな。もっと功績を挙げなきゃ予算を確保するには至らないってことか。
 てか、超高性能のそいつが使える奴だったら、そのうちオレの方が廃品になってリズに回収されるんじゃないか?
 転生してまで営業成績上げて、リストラの恐怖と戦わなきゃならないのか。余命宣告より厳しい気がする。

 内心げんなりしているオレの横で、フェランドはお約束通りシャスに声をかけた。

「よかったな、シャス。これでおまえは押しも押されもせぬ”先輩”だ」
「フェランドさん!」

 あぁ、予定調和。

「こら、おまえら! 無駄話してる暇があるなら訓練に行ってこい」
「はい」

 こちらもお約束の班長の怒号。ふと見回すと、まわりにはロティの他に誰もいなくなっていた。
 え、てことはまた班長とふたりきりで事務室待機?
 条件反射で緊張するけど、オレは国立図書館の本を読んでいればいいんだよな。

 二課長から指定された席に着こうとしたとき、班長が制した。

「シーナ、おまえも行ってこい」
「え? 私はなんの訓練をすればいいんでしょうか?」

 新しい捜査機器でも導入されるんだろうか。

「フェランドが言ってた新人ロボットの教育訓練が来週から始まる。おまえにはそれをサポートしてもらう予定だ。教える立場で学んでこい」

 確かに、絶対命令があるから人間相手だとできない訓練もあるしな。オレの時はしっかり見て記憶して、あとは実戦で覚えろって無茶言われたっけ。

「了解しました」

 返事をして事務室を出たオレは、先を行くフェランドとシャスの後を追った。





 国家機関の不祥事が世間を騒がせた事件から、あわただしく一週間が過ぎた。
 オレのシークレット領域に保存された人格形成プログラムのソースコードも無事に前国王陛下に預けられたが、バージュモデルのライセンスそのものは科学技術局が継続して管理することになった。しかし人格形成プログラムの改変は、原則として従来通りで、やむなく改変しなければならない場合は、王室の許可が必要となる。基本的にバージュ博士亡き後、今までの十五年間と変わりないということらしい。

 違法だとグリュデに指摘された古いライセンスは、事件翌日の夕方には異例の早さで申請許可が下りた。
 どうやらグリュデが独断であれこれ画策していたらしく、科学技術局側も寝耳に水状態だったらしい。面倒からはさっさと縁を切ってしまいたかったようだ。

 あの日からオレは夕方から翌朝までは研究室にいるが、このところ事件もないので昼間は事務室か各種訓練場を渡り歩いている。
 オレが教える立場になる新人ロボット捜査員は、事件の翌日オレのいない間に、すでにリズの研究室に来ていた。毎日研究室と行き来しているオレも、その姿を見たことはない。
 筋力リミッターや各種捜査用機能の実装と調整で、リズと一緒に作業場にこもっているからだ。起動しているのかどうかも知らない。

 新人ロボットの調整に熱中しているリズは、いつものことながら食事を忘れるので、昼のチャイムがわりにオレは研究室に戻ることにしていた。
 ちょうど部屋に入ったとき、作業場から出てきたリズに出くわして、ちょっと面食らう。いつもオレが声をかけるまで出てこないのに。