異世界で不老不死に転生したのに余命宣告されました




 オレが内心苛ついていると、グリュデがまったく脈絡のないことを聞いてきた。

「ところでシーナ、君は人格形成プログラムのソースコードがどこにあるのか知らないか?」
「へ?」

 知ってたらおまえの手が届かない場所に隠してるよ。具体的にどこに隠すかって聞かれても困るけど。

「レグリーズさんは知らないらしいんだが、君は知っているんじゃないかね?」

 なんでリズが知らないことをオレが知っていると思うんだ?
 怪訝に思いながら隣のリズを窺う。

 あれ? なんか動揺してる。実は知ってるのか?
 以前その話題で話したときには全然知らない風だったのに。てことは、忘れていたことを思い出した。

 もしかして、なくしていた記憶を取り戻したのか?
 きっかけになるとしたら、爆弾事件の後で倒れたときだ。脳波が一瞬異常を示していた。
 目覚めたときリズはオレに何かを言おうとしていた。あれか!

 確証はないし、オレもしらを切っておこう。

「知りません」
「そうか」

 意外にもグリュデはそれ以上追及することはしなかった。けれど意地悪な視線でオレを見つめる。

「いずれわかることだ。この先君との時間は十分にあることだしね」

 そうか。オレの中にあると思ってるのか。それで一時的にでもオレを直接調べる権限を得るために、オレの登録番号をロボットを使って盗んだのか。
 オレの詳細を産業復興局に問い合わせるには、登録番号が必要だからな。
 勝手にメモリを探られるのはごめんだけど、たとえ探られてもなにも出てこない。

 帰ったらリズに確認してみよう。でもどうやって帰ろう。結局そこに行き着く。
 グリュデの薄笑いが気持ち悪い。




 薄笑いを浮かべたまま、グリュデがリズを促す。

「さぁ、レグリーズさん。改めてシーナに命令をどうぞ」

 リズはチラリとオレに視線を送った後、正面のグリュデを見据えて言い放った。

「シーナ、命令よ。グリュデさんとその配下の言うことを聞かないで」
「了解しました、マスター」

 返事は人工知能にまかせて、オレは拘束された腕を持ち上げる。そして目の前で勢いよく左右に開いた。
 手首を繋いだ強化合金製の手錠が、いともあっさりと真ん中から真っ二つにちぎれる。それを見てグリュデは楽しそうに手をたたいた。

「すばらしい! 君の力をこの場で目にできるとは思っていなかった。その手錠は科学技術局では一番頑丈なものなんだけどねぇ」
 警察局の違法ロボット拘束用の手錠の方が頑丈だけどな。餅は餅屋ってことか。

 目を輝かせて感心していたグリュデが、徐々に真顔になっていく。冷たい怒りを孕んだ目がオレを睨めつけた。

「だが君たちは私の提示した条件を飲むつもりはないようだ」

 うーん。怒ってるなぁ。感情は読めないけど、なんかオーラが出てる気がする。キレて自分からボロを出してくれないかな。ちょっと挑発してみるか。





 でもリズがとばっちりでケガでもしたらマズいので、オレは上着を脱いでリズの頭からかける。そして上着に包んだリズの体を抱き寄せた。

「こーんなかわいいマスターがいるのに、誰が変態おやじの下僕になるかよ。オレのマスターは生涯レグリーズ=クリネただひとりだ」

 グリュデの頬がピクリと震える。おぉ、益々怒りのゲージが上がったらしい。だが、あくまで冷静さを装って、静かに恫喝する。

「君の考えはよくわかった。だが私は君を帰すつもりはないよ。人格形成プログラムのソースコードは科学技術局の資産だからね」
「オレとリズが帰らなければ、いずれ警察局が正式な令状を持って捜索にやってくるよ」
「どうやって警察局は君たちがここにいることを知るんだね?」
「知らないと思ってたのか?」

 グリュデは一瞬絶句した後、口の端でフッと笑った。

「なるほど。マスター命令に背けるはずはないから、だとすると君は相当に状況判断能力も優れているらしい。益々欲しくなった」

 だから、絶対ごめんだって!
 人間だったら間違いなく鳥肌立ってる。

「取引をしようじゃないか。君の全力を見せてくれ。君が勝ったら帰してあげよう」

 バカか。人間相手に全力どころか、デコピンすらできないんだぞ、オレは。

 それはグリュデも承知していたらしい。呆れて見つめるオレに追加の条件を提示してきた。

「私が相手ではフェアじゃないからね。君の相手は彼がつとめるよ」

 グリュデが指し示す先には、無表情なヴァランが控えていた。相手が変わったところで、人間だったら同じ……。

 あれ? 生体反応が消えている。まさかこいつ、オレと同じように人間のふりができるロボット!?

 無表情だったヴァランが微かに笑みを浮かべる。

「全力の君と戦えるなんて光栄です、シーナ」





 ヴァランはスーツの上着を脱いでそばにあるイスの背にひっかけると、ゆっくりこちらにやってきた。
 オレはリズを背中に隠して、彼の方に体を向ける。

 ほんの二メートルほど先まできたヴァランは、そこで立ち止まり、オレをしげしげと眺めた。

「飛行装置ですか。センサガードを施してあったんですね。不覚にも気づきませんでした」
「オレもあんたがロボットだったとは、不覚にも気づかなかったよ」
「おあいこってことですね」

 にっこりと笑みを深くするヴァランだが、やはり目は笑っていない。感情が読めなかったのはロボットだったからなのか。
 向こうからグリュデが、聞きもしないのに得意げに説明をしてくれる。

「ヴァランはね、軍事用に開発した私の最高傑作なんだよ。だけど局内ではロボットの軍事利用に反対意見が根強くてね。もったいないから私の秘書として使うことにしたんだ。バージュモデルだから人とのコミュニケーションも円滑で学習能力も高いし、今では優秀な秘書ロボットだよ。軍事用とはいえ、実戦経験はないからね。そういう意味では、君の方が有利かな」

 とはいえ、軍事用ロボットって戦闘能力が桁違いなんじゃないか? 格闘術なんか、この体になって初めて教わったくらいだし、中途半端な違法ロボットしか相手にしたことないオレには勝ち目がないような気がする。あいつらみんな比較的おとなしかったしな。




 ヴァランがグリュデにお伺いを立てる。

「室内が多少荒れてしまうかと思いますが」
「かまわない。存分に力を発揮してくれ。ただし、人工知能は破壊しないようにね。手足くらいはいいけど」
「かしこまりました」

 恐ろしいことを軽く言いやがる。やっぱりグリュデってロボットを道具としか思っていないみたいだ。
 でも好奇心に負けてボロを出したな。ロボットを戦わせることはロボット法で禁じられている。オレの見聞きしたことは全部メモリに記憶されてるから、帰ったら二課長に洗いざらい提示してやる。

 所有者の破壊許可が下りたことだし、いざとなったら窓を壊して逃げ出せる。リズの体重なら飛行装置の重量制限にも引っかからないだろう。

「リズ、できるだけ離れてて」

 オレもヴァランも人間を危険にさらすことは絶対にないけど、とりあえずリズの安全は確保したい。

 リズは出入り口側の部屋の隅まで移動した。反対側になる窓際の隅にはグリュデが移動する。オレとヴァランは広い室内の真ん中に移動した。
 三メートルくらいの間合いを取って対峙する。互いにセンサで相手を探っているが、内蔵武器がないこと以外にスペックは未知数だ。

 事前に作戦は立てられないってことか。とりあえず当たってみて、考えるのはそれからだ。グリュデお墨付きの状況判断能力にまかせるとしよう。



 オレが方針を固めたとき、ヴァランが静かに問いかけた。

「来ないのですか?」

 そんな挑発には乗らない。そもそもオレ、前世は殴り合いなんかしたことない平和主義だし。

「では、こちらから行きます」

 そう言ったとほぼ同時に、ヴァランの拳が目の前に迫っていた。

 早っ!

 オレは咄嗟に両腕を交差させて受け止める。手首に残っていた手錠の残骸が砕けて床に落ちた。

 威力も半端ない。これまともに受けてたらこっちの耐久力がもたないかも。

 ヴァランは満足そうに目を細めて、一旦腕を引いた。そう。満足そうに。あの冷たいアイスブルーの瞳に初めて感情が宿ったのを見た気がする。

 楽しそうに目を細めたまま、ヴァランは息つく間もなく次々に拳を繰り出してくる。当たるとやばいので、それを前後左右に躱した。反応速度はオレの方が少し優れているようだ。
 口を動かす必要もないので、オレは音声通信で話しかけた。

「なんか楽しそうだな」
「楽しいですよ」
「そんなにオレを壊したいわけ?」
「そんなわけないでしょう。壊してしまっては私の楽しみが終わってしまいます」

 なんだ、そりゃ?

「楽しみって?」
「私は兵士として戦うために作られました。けれど未だにその機会は得られていません。用なしで廃棄処分になってもおかしくない私に、秘書の仕事を与えてくれた局長には大変感謝しています。でもこうして戦うことが、私の本来の役割です。本領を発揮できるから楽しいんですよ」

 そうか。以前リズから人間は誰かに必要とされていたい生き物なんだと聞いたが、感情のあるロボットも同じなんだな。人のために働くことにロボットは喜びを感じているんだ。




「なるほどね。だから黙ってたのか」
「何をですか?」
「オレとリズの会話、聞こえてたんだろ?」

 ロボットなら聴力の感度を上げれば、骨伝導のオレの声はともかく、リズの声は聞こえたはずだ。リズがオレのリミッターを解除したことを。

「えぇ。楽しくなりそうな予感がしたので」

 にっこりと微笑みながらも、ヴァランは攻撃の手を休めない。オレも避けるのに慣れてきた。
 当たればやばいんだろうけど、当たる気がしない。経験不足からなのか、手加減しているのかはわからないけど、攻撃が単調なのだ。

「逃げているだけでは勝てませんよ」

 挑発するようにヴァランが指摘する。
 確かにその通りだけど。

 攻撃に移る前にヴァランの耐久力ってどのくらいなのか、ちょっと気になる。
 確かめてみるか。

 ヴァランの拳を躱してオレは腰を落とし、そのまま滑り込むように背後に回った。そして床を蹴って飛び上がりながら、首筋に思い切り回し蹴りを食らわす。

 だがヴァランは微動だにしなかった。だいたい予想はしてたけど、ここまで頑丈だとは。てか、これまずかった。オレ、ピンチ。

 すかさず足首を掴まれ、そのまま勢いよく放り投げられた。背中から大きな執務机に叩きつけられ、机が無惨に砕け散る。
 生身じゃなくてよかった。これ絶対痛いし、絶対死にかけてる。

 などとのんきに考える暇も与えず、目の前に楽しそうなヴァランが迫っていた。本当にオレを壊す気はないのか疑わしくなってくる。
 反射的に体を起こして跳躍する。そして殴りかかろうと前のめりになっていたヴァランの頭上を飛び越えて背後に着地した。
 今度は背中の真ん中に、体重をかけて肘鉄を食らわす。バランスを崩したヴァランは、机の残骸に倒れ込んだ。



 よし! 今のうちに拘束してしまえばこっちの勝ちだ。逮捕術はオレの本分だしな。

 ダッシュで駆け寄り、腕を捕まえようとした瞬間、ヴァランが体をひねってこちらを向いた。そしてオレの顔めがけて拳を突き出す。

 やべぇっ!

 すんでのところで躱し、一気に後ろへ飛び退く。ゆっくりと立ち上がったヴァランは、一層嬉しそうに目を細めた。

「反応速度が私の想定以上ですね。力と耐久力は私の方が若干上回っていますが、なかなかのものです」

 結構冷静に分析してやがる。さすがはロボット。分析結果はオレと一緒だ。
 おまけにやっぱりケロリとしてるし。さっきの攻撃、この間強化ガラス扉を破壊したんだぞ。

 最初から度々拍手をしたり奇声を発したりしていたグリュデが、部屋の隅から興奮したように声を上げた。

「すばらしいよ、シーナ! ここまでヴァランの力を引き出したのは君だけだ。テスト稼働のときは、相手にならなかったからね。一応強化ロボットだったんだけど」

 いったい何体のロボットをテスト稼働で壊したんだか。そう思うと他人事ながら不愉快になる。
 オレも訓練中はロボットと対戦したけど、力の限界テストはもっぱら強化ガラスや合金のブロック相手で、ロボットを相手にはしなかった。
 与えられる仕事が違うから、と言われればそれまでだけど、ロボット好きが楽しそうに言うことじゃないだろう。つくづくロボットを物だとしか思ってない奴だ。

 ムッとしながらグリュデから目を逸らし、チラリとリズを窺う。興奮してはしゃいでいるグリュデとは対照的に、オレの上着を頭からすっぽりとかぶったまま落ち着いた様子でこちらを見つめていた。
 怖くて固まっているのかと思ったら、表情は冷静な科学者だ。オレの能力は熟知してるから心配していないようだ。生体反応も落ち着いている。




 オレがヴァランに視線を戻したとき、けたたましい警報が鳴り響いた。皆一様にスピーカーに注目する。スピーカーから女性の機械音声が告げた。


——研究棟屋上に侵入者。各研究員は扉をロックして指示があるまで室外に出ないでください。


 屋上に侵入者って空から降ってきたのか? え、まさかそれ……。

 グリュデが上着の内ポケットから通信機を取り出し、問い合わせている。

「何事だ。……なに? どういうことだ?」

 困惑した表情のグリュデにヴァランが問いかけた。

「局長、いかがしましたか?」
「屋上にいるはずの警備ロボットから応答がないらしい。監視カメラも停止している。ヴァラン、ちょっと様子を見てきてくれるか?」
「かしこまりました」

 ヴァランが返事をして出入り口に向かおうとしたとき、窓の強化ガラスが一斉に大きな音を立てて破壊された。

「局長!」

 窓際にいるグリュデめがけてヴァランが瞬時に駆け出す。絶対命令が起動したようだ。って、オレも!?

 一瞬で駆け寄ったヴァランは、グリュデを抱き抱えて窓に背を向ける。オレもその横に並んで盾になった。背中にビシビシとガラスの破片が降りかかる。

 あー。今ほど不本意すぎる絶対命令の起動はない。ヴァランがいるんだから、オレが動く必要ないと思うんだけど。しかもグリュデを守るためってのが、心情的にモヤッとする。