異世界で不老不死に転生したのに余命宣告されました



「そう……。あのね、今からあなたのシークレット領域に地図を送るから、そこへ来てくれる?」
「はぁ? 君の許可がないとオレ、ここから出られないんだけど」
「許可するわ。シーナ、命令よ。誰にも知られないように地図の場所に来て」

 しまった。二課長と話をする前に命令に阻止されてしまった。

 オレの意志とは関係なく、人工知能がオレの口を使って返事をする。

「了解しました。マスター」

 そして勝手に二課長との通信を切断した。
 すぐにオレのシークレット領域に地図が送られてきた。マスター以外に閲覧不可の領域だ。これを二課長が閲覧することはできない。
 でも制服のまま外をうろついたら目立つんじゃないかな。それを見透かしたようにリズが言う。

「あなたがいつも着替えに使っている戸棚に私服が用意してあるわ。それに着替えて、なるべく早く来てね」

 そう言ってリズの通信は切れた。
 二課長はすべて聞いていたはず。そしてオレが話をできなくなったことも知っているはずだ。

 十分に時間は稼げただろう。地図がなくてもリズのいる場所を二課長はわかっているはず。いつもと明らかに違うリズの言動から事件性も認知していると思う。

 オレは席を立ち、リズが指示した戸棚に向かう。ムートンは掃除を終えていつもの定位置に佇み、省電力モードになっていた。窓の外は夕闇が迫り、薄暗くなっている。

 今日はリズがいないので、はばかることなく制服を脱ぎ捨て、戸棚の中に用意されていた私服に着替えた。
 以前シャスに借りた服は、大きすぎてあちこちだぶついていたが、リズが用意した服はシャツもズボンも靴までサイズがぴったりなことに感心する。
 ジャケットまで用意してあったので、ついでに着ていこう。

 脱いだ制服とブーツを戸棚に押し込んで、オレは研究室を出た。




 廊下に出て少し歩いたとき、向こうから手を振りながらシャスがやってきた。
 やばい。いきなり「誰にも知られず」という命令に抵触する。
 だが、ここで走って逃げたりした方がよけいに印象づけてしまうので、そのまま何食わぬ顔でオレも会釈する。

 そばまで来たシャスは平然と話しかけてきた。

「シーナ、出かけるのか?」

 着替えてるから、そう思うよなぁ。

 オレはいつも通り天使の微笑みでごまかす。

「うん、ちょっと。買い物頼まれて」
「そっか」

 リズが出不精なのはみんな知ってるから、おかしくないよな。
 オレの言葉は発声される前に、人工知能から命令に反していないか厳重にチェックされるのだ。おかしくなかったってことだろう。

 シャスはにこにこしながら、手にした飛行装置を差し出した。

「ほら、この間壊れちゃっただろう? 新しいのが支給されたから」
「うん。ありがとう」

 なんだろう。飛行装置は事務室に保管されてるのに、わざわざ届けに来てくれるなんて。
 そこまで考えてぴんときた。二課長の配慮だ。

 リズの命令を二課長は聞いていた。敵陣に乗り込むオレの装備を補強してくれたのだろう。




 まさか敵に手の内を明かすようなまねはしていないとは思うけど、リズがオレの言動をモニタリングしていないとは限らない。
 音声通信の時オレがひとりかどうかわかっていなかったってことは、細かい行動までは把握されていないようだ。

 オレは黙って上着を脱ぎシャスに渡す。シャスも何も言わずに受け取り、オレが飛行装置を背負ったのを見計らって上着を返してくれた。

「じゃあな。班長と二課長があとで事務室に来いってさ」
「うん。わかった」

 シャスと別れてエレベータに乗り込み正面玄関を目指す。エレベータも一階の玄関へ続く廊下やホールも定時上がりの事務官局員でごった返していた。紛れ込むのにはちょうどいい。

 正面玄関にはセキュリティゲートの左右に人の警備員とロボット警備員がいて通る人に機械的に敬礼をしながら挨拶をしている。
 いつもなら名前を呼びながらにこにこと敬礼してくれる彼らが、今日は他の局員への対応と同じように機械的だ。

 いやまぁ、初のロボット捜査員であるオレって警察局のマスコットみたいな存在でもあるから、局内だとどこに行ってもおおむね歓迎されるのだ。

 もしかして二課長から声をかけないように指示がきてるのかな。
 リズが聞いてるかもしれないので、なるべく会話は控えたいからありがたいけど。
 人の波に紛れて外に出たオレは、リズが指示した地図の場所を目指す。局の建物を離れるに従って、無意識に足は加速していった。

 目指すは官庁街のはずれにある科学技術局。

 はやる気持ちそのままに、オレはいつの間にか駆け出していた。





 目的の場所が視界に入ってきて、徐々に速度が緩む。やがて足が止まったとき、目の前には高い壁がそびえ立っていた。

 ここがクランベール科学の頂点に立つ科学技術局。

 壁の高さは五メートル以上ある。中心に大きな金属製のゲートがあり、その横には守衛所と小振りな通用門があった。そこからちらほらと人が出てくる。こちらも定時上がりの局員だろう。

 まるで刑務所。高い壁に阻まれて中にあるはずの建物はほとんど見えない。
 幾重にも張り巡らされた赤外線センサに無数の監視カメラと監視ロボット。
 ざっと確認しただけでもセキュリティが半端なく厳重だ。どんだけ秘密主義なんだよ。

 こんなとこから誰にも見つからずに抜け出したバージュ博士ってすげーな。九十年前はもう少し緩かったのかもしれないけど。

 まぁオレは招かれてるわけだから、堂々と正面から行くことにしよう。

 通用門から出てくる職員たちの間を縫って、守衛所で用向きを伝える。中から女性型のロボット守衛が現れて、面会エリアに案内してくれた。
 にこにこしながらもぬかりなく発する彼女のセンサ類が気分的に痛い。上着の下に隠した飛行装置は、こんなこともあろうかとセンサガードを施してある。ロボットだらけだと思われる敵陣に乗り込むわけだから、こっちだってぬかりはない。

「誰にも知られずに地図の場所に来る」というリズの命令は、地図の場所に到着した時点で効力を失った。



 とはいえ、やっぱ音声通信はマズいよな。思い切り監視されてるし。
 いつも捜査中にリズがやってる、オレのモニタリングシステムに気づいてくれたみたいだからいいか。
 わざわざ知らせなくてもオレの行動や見たこと聞いたことは全部把握できてるはずだし。

 リズの命令が無効になるのを見計らったようにモニタリングシステムが起動したから、たぶん二課長はオレがどこにいるのかわかっているみたいだ。

 守衛ロボットに案内されて壁の内側にある敷地に入る。中には二階建ての白い建物が大小二棟前後に並んでいた。
 手前の小さい棟と奥の大きな棟は二階が筒のような渡り廊下で繋がっている。いずれも窓はあるもののマジックミラーのようになっていて、外から中を見ることはできない。ちょっと材質をスキャンしてみたら、結構ハードな強化ガラスのようだ。
 機密保護が厳重すぎる。ここまで厳重だと、なんかヤバいことでもやってんじゃないかって勘ぐりたくなるレベルだ。
 実際にやってるけどな。リズの拉致監禁とか。

 半ば呆れながら、決められた通路に従って案内ロボットの後に続く。ロボットは手前の建物に入ってすぐのエリアにオレを促した。
 面会用のエリアは殺風景な白い空間にいくつかのテーブルと椅子が点々とある。そのエリアの一番奥に男がひとり立っていた。

 男はオレと目が合うと、無表情なアイスブルーの瞳を微かに細めて口を開いた。

「お待ちしていました。シーナ」
「どうも」

 身長百八十センチ、アッシュブロンド短髪、上下黒のスーツ。
 人工知能がメモリに記憶されたデータと照合し、九十八パーセントの確率で一致を示す。
 こいつがリズを連れ出した奴だ。

 柔らかな物腰とは裏腹に、こいつも局長のグリュデ同様に感情が読めない。感情のない冷たいアイスブルーの瞳は、穏やかな笑顔に反してちっとも笑っていないし。



 男は感情のない笑顔をたたえたまま軽く会釈した。

「私は科学技術局局長の秘書をしております、ヴァラン=ドローと申します」


 そしてオレに小さな金属製のクリップを差し出した。どうやら来客用の認証チップのようだ。

「それを身につけていてください。ここから先は部外者立ち入り禁止の区域になります。局専用機以外での無線通信も遮断されますのであらかじめご了承ください」

 てことはモニタリングシステムも役に立たなくなるのか。ヤバいことやってると色々隠さなきゃならないから大変だな。
 まぁ、データは全部記憶されてるからあとで取り出せるけど。

 オレが認証クリップを上着の襟につけるのを見届けて、ヴァランは先に立って促した。

「ご案内します。局長がお待ちです」
「リズは?」
「レグリーズさんなら、一緒にご歓談中です」

 そんな和やかなもんじゃねーだろ。

 オレが内心ツッコミを入れていると、ヴァランは思い出したように振り返った。

「あぁ、そうそう。これもつけておいてください」

 そう言いながらポケットから取り出したロボット用の手錠で、有無も言わせずオレの両腕を拘束する。

「この先はまだ研究途中の貴重なサンプルも多くあります。あなたに全力で暴れられては甚大な被害が及びますので」

 オレは拘束された手首の手錠を観察する。オレが生前目にしていた手錠のように、腕の間は鎖で繋がれてはいない。ちょうど八の字のように輪が二つくっついたような形だ。形は警察局の物と同じだが、強度は少し劣る。

「私は暴れるために来たわけではありませんが」
「上からの通達ですので、ご了承ください」



 上って局長のグリュデか? それとも幹部会とやらか?
 まぁ、どっちにしろ秘書のこいつは従わざるを得ないってことなんだろうな。
 別にかまわないけど。どうせリズのリミッター解除命令がなければ暴れたくても人間と同じくらいにしか暴れられないから、たいしたことはできない。
 それをこいつらは知らないってことか。これって切り札?

 とにかく、こいつらの目的がはっきりするまで、おとなしく従ってやろうじゃないか。リズに会えればこんなものどうにでもなる。
 通信は遮断されてしまうけど、二課長がなんらかの手を講じてくれるはず。

 オレは一息ついて返事をした。

「わかりました」
「では、こちらへ」

 ヴァランに案内されてエレベータで二階へ上がる。そしてセキュリティ扉をくぐり両側が窓になっている廊下を進んだ。外から見えていた筒状の渡り廊下だ。やはり内側からは外の景色が普通に見えている。
 渡り廊下の終わりでもう一度セキュリティ扉を抜けて、奥の研究棟へ入った。

 廊下は渡り廊下からまっすぐに突き当たりまで続いている。明るい照明に照らされた白い廊下の両脇は、様々な研究室が並んでいた。
 時々白衣を着た科学者が、すれ違い様ヴァランに挨拶をしながらオレの手首をチラ見して通り過ぎていく。手錠をしたロボットなんか珍しくもないようだ。
 ヴァランはそのまままっすぐに進み、突き当たりの扉の前で立ち止まった。そして扉に取り付けられた音声認証装置に向かって告げる。

「ヴァランです。シーナを連れてまいりました」

 扉がスライドし、ヴァランに促されてオレは室内に入った。その直後、後ろで扉が閉まりロックされるのを感知した。閉じこめられたらしい。





 広い室内には窓際に大きな机があり、その横に局長のグリュデが立っていた。オレを見るなり嬉しそうに目を輝かせる。
 以前ベタベタ触られた記憶が蘇り、背筋に悪寒が走った。……ような気がした。

「やぁ、シーナ。また会えて嬉しいよ」
「こちらこそ。お目にかかれて光栄です」

 ひきつりそうになる笑顔を必死に整えて、一応社交辞令。リズを奪還するまでは猫かぶってないと。

 グリュデはにこにこ笑いながらオレに手を差し出す。

「この間はあまり話せなかったからね。今日はゆっくりと君の優秀な言語能力を見せてもらいたい」
「申し訳ありません。私はマスターを迎えに来ただけなので、ゆっくりお話をしている時間はありません」

 ていうか、おまえと話すことなんかないし。それより、ご歓談中なはずのリズがここにいないことの方が気になる。

「私のマスター、レグリーズ=クリネはどこですか? こちらにいると伺ったのですが」

 グリュデは芝居がかった調子で、小馬鹿にしたような苦笑を浮かべ、目を伏せて首を振る。

「やれやれ。君はマスターへの依存度が高すぎる傾向にあるようだね。感情や好感度を持つバージュモデルにはよくある傾向だ。もっとマスター以外の人間とも交流した方がいいよ」

 はいはい。うるせぇよ。だからおまえとゆっくり話をしろってか?
 と内心思いつつも、オレはにっこりと天使の微笑みで躱す。話を逸らされてたまるか。

「助言ありがとうございます。今後はそうしようと思います。で、リズはどこですか?」




 ようやく諦めたのか、グリュデは派手にため息をついた。

「仕方ない。君との会話はまたの機会にしよう。ヴァラン、レグリーズさんを呼んできてくれ」
「よろしいのですか?」
「かまわない。彼女は聡明な方だ」
「かしこまりました」

 意味深なためらいを見せていたヴァランが、軽く頭を下げて左手の壁にある扉へ向かう。

 なんだろう。さっきの会話。漠然とした不安にとらわれて、若干鼓動が早くなる。

 その時左手の扉がスライドして、ヴァランに促されたリズが姿を現した。オレと目が合ったリズは、ホッとしたような表情を浮かべる。すぐに駆け寄って来るものと思ったが、お窺いを立てるようにヴァランとグリュデに視線を送っている。
 二人が軽く頷くのを見て、ようやくリズは駆け寄ってきた。

「シーナ、来てくれたのね」
「うん」

 不安と安堵、喜びと悲しみ、愛しさと嫌悪。様々な相反する感情がせめぎ合い、それに大きな後悔と憤りが重なってリズの感情が激しく揺れている。
 見上げる瞳に涙が滲み、それを隠すかのようにリズはうつむいた。
 そしてオレの手首につけられた手錠を撫でて問いかける。

「暴れたの?」
「いや。そんなつもりないけど拘束された」
「そう」