異世界で不老不死に転生したのに余命宣告されました



 この先はリズから聞いた話も時々現れる。ムートンを作ったことや、ランシュに八つ当たりしたことや。
 ムートンはリズの予想通り、ランシュと一緒に作ったようだ。
 だが、ここにきてハタと違和感に気づく。リズから聞いた話では一番の大事件とも言える「リズの発熱」がどこにも書かれていないのだ。
 生死の境をさまよって記憶障害を起こすほどの高熱に見舞われたというのに、保護者のフェティが心配していないわけはない。
 もしかして飛んでいる日付のどこかに書かれていたのだろうか。だとしたらリズが発熱した日に、なにか科学技術局に知られたくない事件があったというのは偶然? リズの記憶も日記の記述も飛んでいる以上、オレには知る由もない。

 そしてバージュ博士の命の終わりがやって来た。不思議なことに彼は自分の寿命を知っているかのような行動をとっている。
 始まりは養父の死。その翌日葬儀から帰ってきたバージュ博士は二日後に自分の命も尽きるだろうとフェティに告げている。フェティはそれを悲しんではいたが、否定はしなかった。
 そして実際に二日後、バージュ博士は亡くなったらしい。
 ”らしい”というのは、彼が亡くなった現場をフェティですら見てはいないのだ。前日の深夜、ふらりと出かけて帰ってこなかった。だがフェティは彼の死を確信して受け入れている。

 死期を悟ってフラッと出て行くなんて、なんか猫みたいだな。



 日記も残りわずかになってようやくバージュモデルの人格形成プログラムに関する記述が現れた。
 ランシュは死亡する前日、科学技術局に赴いてなにやら挑戦状を叩きつけてきたらしい。
 ランシュの死後まもなく、科学技術局がお役所の許可証を突きつけてフェティの家にあるランシュの部屋を家捜しにやってきた。
 表向きは局の資産を個人的に所有していないか確認するためだったが、目的は人格形成プログラムだ。フェティやまだ幼いリズまで尋問を受けたという。
 結局なにも発見できずに引き上げていったらしいが。

 まぁ、普通に考えて、そんなすぐに見つかるところに隠してるはずないよな。

 お役所が許可したのはランシュの部屋だけだったので、フェティの部屋は捜索されなかったようだ。だが、フェティも元科学技術局の人間だ。いずれ自分の死後に同じ理由で部屋を捜索されるかもしれない。
 そう思ったフェティはメモリカードにロックをかけ、念のため日記の記述も所々消去したのだ。

 その辺の事情が、五年前に書かれた最後の日記に記されている。


 そろそろ私もランシュのところに行くのかな。最近、体力的にちょっと厳しい。日記も今日で終わりにしよう。
 ロボットを戦争の道具に使おうとする科学技術局に人格形成プログラムのソースコードは渡したくない。
 それがランシュの願い。
 本当は最後まで見届けたいけど、五年後まで私の命は保たないと思う。
 私がいなくなった後、なにも知らないリズひとりに重荷を背負わせてしまうのはかわいそう。
 だけど、ランシュの夢見た、人とロボットが助け合って共存する平和な世の中のためには、あの子もきっとわかってくれる。だってリズはロボットが大好きなんだし。
 ランシュと一緒に暮らすと決めた日、彼と共有した秘密は私がお墓の中まで持って行こう。万が一に備えて、日記の中からも色々消した。絶対復活できない方法で。
 ランシュの決めたキーワードは私もリズも知らないし、科学技術局の人はおろかこの国の人たち誰にもわからない。
 だからランシュ、笑って私を迎えてね。天から一緒に笑ってやりましょう。
 見届けることはできなかったけど、最後に笑うのは私たちよ。だっていつだって天は私の味方なんだから。


 九十年に及ぶフェティの長い日記は、最後まで彼女らしい強気な言葉で締めくくられていた。



 それにしてもキーワードってなんだろう。おそらく死の直前にバージュ博士は科学技術局となにか取引をしたのだろう。
 そしてたぶん、人格形成プログラムのソースコードは消去されていない。どこかに隠されていて、それを得るために誰もわからないような難しいキーワードが必要なんだ。

 科学技術局が家捜しをしたせいで、警戒したフェティの日記が虫食いになったせいか、余計に謎が深まった。

 リズは本当になにも知らないのかな。失われた記憶の中になにかあるんだろうか。
 ずいぶん幼かったから、大人の争いに巻き込みたくなかっただろうし、知らせてない可能性も高いよな。

 ライセンス期限が切れる今年、まだソースコードを手に入れていないと思われる科学技術局が、リズに接触してくる可能性はある。
 今のところそんな話は聞いてないけど。

 オレがリズを守らなきゃ。
 なにかに導かれてオレがリズの元にやってきたのだとしたら、きっとランシュとフェティの導きだ。
 ふたりは残されたリズの身を心配してるだろうから。

 オレが密かに決意していると、スピーカーから久々にメッセージが流れた。


——緊急指令。ラフルール商店街にてヒューマノイド・ロボットによる人質立てこもり事件発生。特務捜査二課の各捜査員はただちに現場に急行してください。


 え、久々なのに、また現場急行とか。

 リズはコンピュータを落として席を立ち、机の引き出しから見慣れた白いボトルを取り出した。
 それをオレに突き出しながら言う。

「お昼ご飯はお預けになりそうよ。私は平気だけど、あなたは飲んでおいてね」
「ん……」

 平和ボケしててすっかり忘れてた。座ってる間充電しておけばよかったな。朝食があったから少し余裕はあるけど、フルパワーのこと考えるとサプリを飲んでおかなきゃ。

 オレはオレンジ色のカプセルを飲み込んでボトルをリズに返した。いつもながら味気ない。

「君もヒマがあったら飲んでおけよ」
「はいはい。ヒマなんかないけどね」

 くそぅ。減らず口め。

「じゃあ、行ってくるわね。ムートン、留守をお願い」
「カシコマリマシタ」

 笑顔でムートンに手を振って、リズはオレと一緒に研究室を後にした。



 リズと一緒に事務室に向かい、そこにリズを残して前回同様シャスと一緒に現場に向かう。
 途中で班長から事件の概要が通信で伝えられた。

 商店街のほぼ中心にある服飾店で、客に紛れて入ってきた男性型ヒューマノイド・ロボットが、店内にいた女性客を人質に店を占拠し立てこもったらしい。
 店内にいた者は、人質を残して全員外に退去させられたので、店主が外から警察に通報した。
 犯人の要求は未だにないという。

 現場の服飾店は、この間リズと買い物に行った商店街のメインストリートに面して入り口を構えている。店のすぐ横に裏通りへ通じる路地があるので、角地にあった。
 周辺の道路は封鎖され、店から少し距離を置いて警察車両や大勢の捜査員が周りを取り囲んでいる。さらにその周りを、平日の昼間だというのに大勢の野次馬がひしめいて騒然としていた。

 事件が起きれば野次馬が集まるのは異世界でも同じらしい。おまえら仕事しろ。

 ひしめく人垣の中に各所から飛行装置で急行してきた捜査員たちが次々に降りてくる。オレもシャスと一緒に着地すると、ちょうど車で急行してきた班長と一緒に、どういうわけかリズが降りてきた。オレの姿を認めたリズはニコニコしながら手を振る。
 オレは思わず駆け寄った。



「なんで現場にいるんだよ」
「ほら、あなたも気にかけてたじゃない。この間みたいに被疑者ロボットの記憶が消えるのを見てるしかないのは問題だから、ロボット専門の私が現場で対応することになったの。要望が受理されて法が整うまでの暫定措置よ」
「だけど……」

 警察関係者とはいえ、訓練も受けていない人間が現場にいるのは危険ではないだろうか。
 オレの心配を察したのか、リズはにっこり笑って隣のラモット班長を手で示す。

「大丈夫よ。ラモットさんがそばにいるし、あなたへの指示やモニタリングは向こうの通信車両の中から行うことになるから、ほぼ外には出ないわ」

 現場の危険を今ひとつ理解していないリズはにこにこ笑っているが、それとは対照的に班長はいつにも増して不愉快そうにオレを睨む。
 まぁ、オレがいなけりゃリズも現場にいないわけだし、リズの警護という余分な仕事が発生することもなかったわけだから気持ちはわからないでもないけど。

 いつもより強力な無言の圧力が痛い。
 せっかく少しは班長の信頼を得られてきたっていうのに。いや、あくまで自己評価だけど。

 せめてこれ以上班長の機嫌を損ねないで欲しい。
 オレはひとつため息をついて、リズの肩を叩いた。

「班長に迷惑かけないようにな」
「あなたじゃあるまいし、他人のエアバイク投げたりしないわよ」
「そうじゃなくて……」

 そんな初仕事の失敗を蒸し返さなくても。
 がっくりとうなだれたオレの頭の上で、班長がフンと鼻を鳴らした。

 え? 鼻で笑われた?

 冗談なんか余計に不機嫌になりそうな気がしていたのに。
 ちょっと意外で思わず見上げると、班長と目が合ってしまった。相変わらず不愉快そうで、微妙に気まずい。
 リズのつまらない冗談にうっかり反応してしまった自分が不愉快なのか、デフォルトの不愉快なのかは不明だが。




 しばし気まずい沈黙の後、班長はオレに命令した。

「シーナ、無駄口はそのくらいにして店内の様子を探れ。リズは速やかに通信車両に退去してくれ」
「了解しました」

 リズと一緒に返事をして、それぞれ仕事に就く。リズが通信車両の中に入るのを見届けて、オレは店内の様子をセンサで探る。
 少ししてリズから通信が入った。

「シーナ、聞こえてる?」
「あぁ。なに?」
「ここからの通信は初めてだから、テストも兼ねて店内の見取り図を送信するわね」
「了解」
「ラモットさんにも送りますので、よろしくお願いします」
「承知した」

 班長が胸ポケットから通信端末を取り出して操作する。程なくリズからオレの頭の中に店内の見取り図が送られてきた。
 班長にも届いたようで、黙ってオレの目の前に通信端末の画面を差し出す。

「同じものです」
「そうか。リズ、通信機能に問題はない」
「わかりました。引き続きシーナのモニタリングを行います」
「承知した」

 改めて店内の様子を確認する。外からでは生体反応と人数くらいしかわからないが、リズが送ってくれた見取り図のおかげで居場所もだいたい把握できる。

 オレは関知した情報を班長に報告した。

「入り口から右手にひとり分の生体反応。店内には他に生体反応はありません」
「そうか。ロボットがどこにいるかわかればなぁ」
「見てきましょうか?」

 班長のつぶやきに思わず反応してしまい、内心しまったと舌打ちする。班長はオレが口出しするのを快く思わないのだ。




 案の定、眉間のしわをさらに深くしてオレを憎々しげに睨む。

「バカかおまえは。そんなことして犯人に見つかったら人質の身が危ないじゃないか」

 あれ? もしかして班長は知らない?
 まぁ、配属になって日も浅いし、気に入らないオレの機能なんか細かく把握してないか。
 口出しついでに提案してみる。

「私ならロボットの犯人に見つかることはありません」
「どういうことだ?」

 よし。乗ってきた。

「私にはステルス機能があります。人の感覚はごまかせませんが、ロボットなら視界に入らない限り見つかりません」

 これは以前ウソ発見器がわりになったとき、人のふりをするのに使った生体反応システムに含まれる機能のひとつだ。
 生体反応システムはロボットの気配を消して、人の生体反応をまねることによりロボットのセンサをだましている。人の生体反応を作動しなければ、ロボットのセンサには存在自体が認識されないのだ。
 もちろん人の目に当たるカメラに映ってしまえば認識されてしまうわけだが。

 納得した班長は小さく頷いてオレに指示を出した。

「よし。シーナ、見てこい。ただし、欲を出すな。犯人に見つかったら元も子もないし、人質に見つかったら余計に面倒だ。騒がれなかったとしても感情を隠すことはできない。犯人はノーマルモデルだが、違法ロボットだからな。おまえと同じように感情が読める可能性は捨てきれない。いいな?」
「了解しました」

 確かに人間の人質に見つかる方がやばいよな。芋づる式に犯人にもばれちまう。

 オレは気配を消して物音をたてないように静かに大回りをして路地側にある店の窓を目指した。



 見取り図によると店内はほぼ真四角な空間になっている。窓からこっそり中を覗くと、服飾店の割に商品はあまり陳列していない。通りに面したショーウィンドウにわずかに飾られているだけだ。
 入り口を入って右手の角にはリズの研究室にあった全身をスキャンするマシンがあり、その横には例のATMのような注文マシンが三台並んでいる。推測だが、全身をスキャンしたデータを注文マシンに送り、画像で試着するのだろう。
 食料品店と違い、注文までに時間がかかるからか、マシンの画面位置は低く、前には椅子が置かれていた。その椅子に女性がうなだれて座っている。人質になっている女性客のようだ。
 ちょっとラッキー。このまま俯いていてくれれば、オレが彼女の視界にはいることはないだろう。少し余裕を持って見ることができる。

 だがロボットはそばにいない。どこだろう。

 オレは集中して店内を探った。
 マシンエリアの横にパーティションで仕切られたコーナーには商品の陳列スペースが申し訳程度にあった。その奥は商品倉庫へ続く扉がある。奥にいたら人質救出のチャンスな気もするが、位置を変えてもう少し店内を探ってみる。

 いた! オレのいる窓側からは見えにくい場所で、人質と向かい合うような位置に立っている。
 見取り図によると、そこは商品受け渡しと決済を行うカウンターだ。

 もう少ししっかり見たい気もするが、奴が少し顔をこちらに向けるだけでオレの姿が視界に入ってしまう。
 見たものはすべて録画してあるし、リズがモニタリングしている。オレは班長の指示通り速やかに店を離れた。




 元の場所に戻ってみると、班長はすでにリズからオレのモニタリング映像を受け取って見ていた。
 思案顔で映像を何度も見直してはブツブツ言っている。人質救出作戦を組み立てているのだろう。
 声をかけるのははばかられるが、報告を怠ると間違いなく怒鳴られるので報告する。

「シーナ戻りました。人質の女性は特に拘束されていないようです。犯人のロボットについては、武器の所持と内蔵はないことを確認しました」
「そうか」

 班長は通信端末を胸ポケットに収めて、肩に取り付けた通信機に向かって呼びかけた。

「ガリウス、犯人からの要求はまだか?」

 オレの肩からも通信内容が聞こえてくる。初動捜査班の班長、ガリウス=グランが呼びかけに応えた。

「まだだ。こちらからの呼びかけにも一切応じない」
「そうか」

 まだ要求がないのか。
 立てこもりなんて、何か要求したいものでもない限りやらないだろうに。十中八九捕まるんだから。「世間を騒がせてみたかった」とかいうアホな理由も考えられるが、奴のマスターがそんなこと考えてるんだろうか。

 オレがそんなことを考えている間に、ラモット班長とガリウス班長の間で話がまとまったようだ。

「これから強行突入作戦に移行する。犯人に何か動きがあったらすぐに知らせてくれ」
「了解」

 そしてラモット班長は通信機と周りに向かって同時に呼びかけた。

「機動捜査班の各チームリーダーは集合してくれ」

 集まってきたチームリーダーたちに、班長は作戦を説明して捜査員の配置を指示する。オレはいつも通り突入チームの最前線。今回はシャスを含めたフェランドのチームと一緒に突入だ。
 作戦ではオレが入り口の扉を破壊して店内に突入しロボットを拘束。その隙にフェランドのチームが人質を救出する。