この店は端末器を導入していないため、直筆でオーダーを取ることになっている。
店を継いだ2代目の店主は、父の意志も継ぎ、昔ながらを守っている。
その志は確かだが、頑固なとこも少なくとも関係しているだろう。
多少なり不便さもあるが、そんな変わらない店に、愛着を持ってくれているお客がたくさんいるのも事実だった。
洗い物をその場で一度中断すると、彼女がいるカウンターに出る。
他のスタッフの邪魔にならないように彼女を隅に招き、小声で言う。
「どの席のお客様から注文受けたか、わかるか?ちょっと冷静になって落ち着いてみよう。な?」
目を腫らし、零れた涙を必死に拭うとフロアを見渡す。
丁度休日の昼時で、空席はほとんどない程埋まっている。
「……えっと、確か、最初は窓際の3名様と、その後ろの席の方と…、あと反対側の4名様の方とあと…、そうだ!すぐ入ってきて注文いいかいって言ってきた、顎ヒゲのおじいさん!」
つい声を上げてしまった彼女の口を慌てて塞いだ。