けれど、やっと冗談も言えるようになってきても、彼の方は何も見えてこなかった。
まるで自分が見たあの眼差しが錯覚か幻かのように、彼女に見せる眼差しは、いつも嘘がなく冷静沈着な涼やかさを放った。
穏やかで落ち着いていて、それでいて正しい言葉をいつもくれる。
その正論さには、時折胸が痛んだ。
今さっきだってそうだ。
それでも自分の為を思って言ってくれるその存在というのは、唯一無二で限りなく大きかった。
そして、自分が心を許していく度に感じるのは、彼の中の誰かの存在。
色を失くし遠くを見つめていた眼差しどころか、最近は冷静沈着というよりも、ずっと優しく柔和な眼差しをしていることの方が多く感じていた。
一つ大きな壁を取っ払ったような。
もう二度と、遠くを見つめる必要なんてないのではないかという程に。