わたしを見る綾野の目は薄く涙の膜が張っていた。下駄箱になにかあったのかと思ってさりげなく見るが、綾野の外ばきしか入っていない。
「…んだよ、鈴崎か…」
少し笑っているように見えて、わたしは緊張しなくなる。
「あのさ、綾野最近どうしたの」
わたしの問に綾野は苦そうな顔をする。
都合の悪いことを聞かれた宮沢と、忘れ物をしたときの実樹の顔だ。
「…いや、別になんでもねぇよ」
そう言いながら自分の上履きをぬいで、下駄箱に入れる。
「わたしそんなわかりやすいウソに引っかかるほど馬鹿じゃないよ」
外ばきに手をかけた綾野の手が止まる。
「…ねぇ、綾野。わたしたち別れちゃったけど、友達としてお話聞くことはできるでしょ?」
しばらく綾野から返事はなかった。
返事があるころにはわたしは綾野に抱きしめられていた。
「…なぁ」
わたしを抱きしめる綾野の腕が震えている。
「お前、わかるか?大切なものがなくなっていく怖さが…」
「…大切なもの…?」
抱きしめる力が強くなる。
「俺…怖いんだよ。もう失いたくない」
綾野は、なんの話をしているんだろう。
わたしには理解できなくて、ただ綾野の背中に手を回すことしかできなかった。