神様修行はじめます! 其の四


「あのさ絹糸、いきなりなんだけどさ」


「なんじゃ、いきなり」


「だから、いきなりだけどって断ったじゃん」


ということで、いきなりなんだけど・・・・・・。



春の陽射しって独特で素敵だと思わない?


まるで女神さまの両腕に包み込まれているような。


そんな、とっても優し~い温かさを感じない?



「ね、しま子もそう思わない?」


「うああぁ~~」



しま子があたしの隣に正座しながら、返事をした。


その肩や頭の上には、お掃除係の小人さんたちがいっぱい乗っかってる。


ロッククライマーみたいに、しま子の体によじ登って遊んでるんだ。



チャレンジャーだなぁ。小人さんたち。


頭のてっぺんまで到達した小人さんは、えっへん! と胸を張って得意そう。


楽しそうなその様子に、優しいしま子は嫌がりもせずニコニコしてる。



「ふむ。厳しい冬の寒さの後じゃ。ありがたさも格別じゃて」



絹糸があたしのヒザの上で、丸まりながらそう答えた。


・・・なんだか半分寝ぼけてるような声。


どうも絹糸って最近、寝てばかりいる気がするんだけど。



「ちょっと、まさか老衰? 多臓器不全じゃないよね?」


「よさぬか。シャレにならぬわ」



嫌そうな声の絹糸に、あたしはプルプル首を横に振る。


いえ、シャレの要素は一切ありません。


だって絹糸の場合、年齢のケタ数がハンパないんだもん。


・・・前回の雛型の事件。


あれで絹糸が、千才を軽~くオーバーしてるのが判明したでしょ?


いくら神獣ったって、さすがに寿命がきてもおかしくないよね?


だから本気で心配なんだよぉ。



「だからといって我が寝るたびに、鼻の上に手のひらをかざして息を確認するのは、やめい」


「だ、だってぇ! 見ただけじゃ、寝てんのか死んでんのか、分かんないんだもん!」


「我の身にもなれ。目が覚めるたびに、お前の心底怯えた顔が、真上にあるんじゃぞ?」


絹糸が、やれやれとため息をつく。



「あの顔を見ると、ほんに今日あたりお迎えが来そうな気がしてならぬわ」


「ちょっとやめてよ! 縁起でもない!」


「どっちがじゃ」


「あたしはね、心配して・・・・・・!」



―― ホー・・・・・・


言いかけた声に、ウグイスの鳴き声が重なった。



うわぁ、いい鳴き声!


天女が吹く笛の音って、こんな音色かなぁ!


心にじんわりと染み渡るような、うっとりする音色・・・。



「桜にウグイスかぁ。あぁ、日本人に生まれて良かったなぁ!」


「あれは桜じゃなくて梅の木じゃ」


「あ、そうなの? あたし実は、梅と桜って見分けがつかないんだよね」


「お前はほんに日本人か?」


―― ホー・・・


あたしは門川屋敷の縁側に座って中庭を眺め、音色にうっとりと耳を傾けた。


今は、春。


風の冷たさが日に日に緩み、陽射しは温かくなっていく。


ぽっかぽかで、すごく気持ちいい。



門川の純日本庭園にも緑が芽吹き、花もほころび。


冬の墨絵のような味わいとは、一転してしまった。


多彩な色の、明るい景色。


その庭に、極上の薄布で覆われるような、柔らかな光が降りそそぐ。



―― ホー・・・ホー・・・


素敵な季節に、情緒のある美しい日本庭園。


プラス、ウグイスの鳴き声かぁ。


これぞまさに日本の春だよ。すーっごい、ぜいたく。


本当に鳥の鳴き声とは思えないくらい、素敵な音色。



―― ホー・・・ホー・・・ホー・・・


・・・・・・・・・・・・。



あの・・・・・・。


ねぇ、ちょっと? ウグイスさん?


絶賛した後で文句つけるようで、なんなんですけど。


さっきからずーっと『ホー』の部分だけ、しつこくリピートしてますよ?


せっかくなんだから、『ホケキョ』まで通して聞きたいですけど。


やっぱウグイスの鳴き声といえば、ラストの『ホケキョ』の部分が売りでしょ。


―― ホー・・・ホケ・・・


おっ? きたか!?



―― ホケ・・・・・・


よしよぉし。そのままそのまま。



―― ・・・ホケキョ?


なんでっ!?

なんでそこで、疑問文!?



「門川のスグイスって、疑問形で鳴くの!?」


「そんなわけなかろう」


「だって『ホケキョ?』って鳴いてたよ!? しかもすっごい不安げに!」


「まだ若いのであろう。鳴くのに慣れておらぬのじゃよ」



―― ホケ・・・ホケ、キョ? ホ、ホケキョウ・・・??



ち、ちょっとウグイスさん!


なんかあなた、必死な空気が漂ってるんですけど!?


大丈夫だから! それで間違ってないから自信もって!



疑問文のウグイスの鳴き声って、悪いけど、ものすごく間が抜けてる。


頼むからフツーに鳴いてフツーに。


春の優美な雰囲気、あなたの声で完全にブチ壊し。



「天内さーーーんっ!!」


さらに優美な雰囲気を壊す大声が、縁側の向こうから聞こえて来た。


ドタバタと床を踏み鳴らし、濃紺の袴姿の少年が走ってくる。


あ、凍雨くんだ。


「おーい、凍雨くん。もう会議は終わったの?」


あたしはヘラヘラ笑いながら彼に手を振った。



実は今日は、あたしの仲間が屋敷に全員集合してる。


今朝になって突然、急に当主会議が開かれることになったんだ。


それで各一族の当主たちが、緊急で呼び集められた。



氷血の一族の当主、凍雨くん。


権田原一族の当主、お岩さん。付き人のセバスチャンさん。


端境一族の当主、マロさん。その新妻の塔子さん。



この全員がそろうのは久しぶりだよねー。


せっかくだから、この後みんなでランチしようよランチ。


天ぷらソバ食べない?



「ここのソバ、十割ソバなんだよ。知ってる? 十割ソバってね、つなぎを使ってないってことなの」


「天内さん!」


「十割ソバの麺を美味しく打つのって、そりゃもう高度な技術が・・・」


「天内さん! 美味しいソバ粉の含有率の講習してる場合じゃないです!」



凍雨くんが、薄茶色の大きな目を見開いて叫んだ。


少年らしさの残る、可愛げのある表情が緊張している。



「すぐに・・・今すぐここから逃げてください!」



・・・・・・・・・・・・。


へ?



あたしはキョトンとして、凍雨くんの顔を見上げた。


ヒザの上に丸まっていた絹糸が、ゆっくりと顔を上げる。


ニコニコしていたしま子の顔から、笑顔が引っ込んだ。


三人そろって、凍雨くんの血相変えた表情を見つめる。


逃げろ? 逃げろって言った?


どうしたの? いきなりそんな物騒なことを・・・・・・。


そこであたしはハッとして立ち上がり、叫んだ。



「まさか、異形のモノが現れたの!?」



門川の敷地内が、異形のモノに襲われたとか!?


だったらあたし、逃げてなんかいられないよ! 門川君を守らなきゃ!



「ち、違います! 敵の襲撃じゃありません!」


凍雨くんが、薄茶の髪をブンブン振って否定した。



なんだ、違うのか。あぁビックリした。


だって凍雨くん、すごい表情してるんだもん。


エマージェンシー発令かと思っちゃったよ。



「小僧、どうした? なにをそんなに慌てておる?」


絹糸が金色の目で、凍雨くんを見上げた。


しま子も不思議そうに首をかしげて、凍雨くんを見ている。


頭の上に乗ってた小人さんが、おーっとっと、と慌ててしま子のツノにしがみ付いた。



「説明してる時間がありません! とにかく逃げて!」


でも凍雨くんはそれに答えず、せっぱ詰った様子で繰り返すばかり。


そしてあたしも、ますますキョトンとするばかり。


異形のモノの襲撃じゃないの?


だったらあたし、いったい何から逃げりゃいいわけ?