「あのさ絹糸、いきなりなんだけどさ」
「なんじゃ、いきなり」
「だから、いきなりだけどって断ったじゃん」
ということで、いきなりなんだけど・・・・・・。
春の陽射しって独特で素敵だと思わない?
まるで女神さまの両腕に包み込まれているような。
そんな、とっても優し~い温かさを感じない?
「ね、しま子もそう思わない?」
「うああぁ~~」
しま子があたしの隣に正座しながら、返事をした。
その肩や頭の上には、お掃除係の小人さんたちがいっぱい乗っかってる。
ロッククライマーみたいに、しま子の体によじ登って遊んでるんだ。
チャレンジャーだなぁ。小人さんたち。
頭のてっぺんまで到達した小人さんは、えっへん! と胸を張って得意そう。
楽しそうなその様子に、優しいしま子は嫌がりもせずニコニコしてる。
「ふむ。厳しい冬の寒さの後じゃ。ありがたさも格別じゃて」
絹糸があたしのヒザの上で、丸まりながらそう答えた。
・・・なんだか半分寝ぼけてるような声。
どうも絹糸って最近、寝てばかりいる気がするんだけど。
「ちょっと、まさか老衰? 多臓器不全じゃないよね?」
「よさぬか。シャレにならぬわ」
嫌そうな声の絹糸に、あたしはプルプル首を横に振る。
いえ、シャレの要素は一切ありません。
だって絹糸の場合、年齢のケタ数がハンパないんだもん。
・・・前回の雛型の事件。
あれで絹糸が、千才を軽~くオーバーしてるのが判明したでしょ?
いくら神獣ったって、さすがに寿命がきてもおかしくないよね?
だから本気で心配なんだよぉ。
「だからといって我が寝るたびに、鼻の上に手のひらをかざして息を確認するのは、やめい」
「だ、だってぇ! 見ただけじゃ、寝てんのか死んでんのか、分かんないんだもん!」
「我の身にもなれ。目が覚めるたびに、お前の心底怯えた顔が、真上にあるんじゃぞ?」
絹糸が、やれやれとため息をつく。
「あの顔を見ると、ほんに今日あたりお迎えが来そうな気がしてならぬわ」
「ちょっとやめてよ! 縁起でもない!」
「どっちがじゃ」
「あたしはね、心配して・・・・・・!」
―― ホー・・・・・・
言いかけた声に、ウグイスの鳴き声が重なった。
うわぁ、いい鳴き声!
天女が吹く笛の音って、こんな音色かなぁ!
心にじんわりと染み渡るような、うっとりする音色・・・。
「桜にウグイスかぁ。あぁ、日本人に生まれて良かったなぁ!」
「あれは桜じゃなくて梅の木じゃ」
「あ、そうなの? あたし実は、梅と桜って見分けがつかないんだよね」
「お前はほんに日本人か?」
―― ホー・・・
あたしは門川屋敷の縁側に座って中庭を眺め、音色にうっとりと耳を傾けた。
今は、春。
風の冷たさが日に日に緩み、陽射しは温かくなっていく。
ぽっかぽかで、すごく気持ちいい。
門川の純日本庭園にも緑が芽吹き、花もほころび。
冬の墨絵のような味わいとは、一転してしまった。
多彩な色の、明るい景色。
その庭に、極上の薄布で覆われるような、柔らかな光が降りそそぐ。
―― ホー・・・ホー・・・
素敵な季節に、情緒のある美しい日本庭園。
プラス、ウグイスの鳴き声かぁ。
これぞまさに日本の春だよ。すーっごい、ぜいたく。
本当に鳥の鳴き声とは思えないくらい、素敵な音色。
―― ホー・・・ホー・・・ホー・・・
・・・・・・・・・・・・。
あの・・・・・・。
ねぇ、ちょっと? ウグイスさん?
絶賛した後で文句つけるようで、なんなんですけど。
さっきからずーっと『ホー』の部分だけ、しつこくリピートしてますよ?
せっかくなんだから、『ホケキョ』まで通して聞きたいですけど。
やっぱウグイスの鳴き声といえば、ラストの『ホケキョ』の部分が売りでしょ。
―― ホー・・・ホケ・・・
おっ? きたか!?
―― ホケ・・・・・・
よしよぉし。そのままそのまま。
―― ・・・ホケキョ?
なんでっ!?
なんでそこで、疑問文!?
「門川のスグイスって、疑問形で鳴くの!?」
「そんなわけなかろう」
「だって『ホケキョ?』って鳴いてたよ!? しかもすっごい不安げに!」
「まだ若いのであろう。鳴くのに慣れておらぬのじゃよ」
―― ホケ・・・ホケ、キョ? ホ、ホケキョウ・・・??
ち、ちょっとウグイスさん!
なんかあなた、必死な空気が漂ってるんですけど!?
大丈夫だから! それで間違ってないから自信もって!
疑問文のウグイスの鳴き声って、悪いけど、ものすごく間が抜けてる。
頼むからフツーに鳴いてフツーに。
春の優美な雰囲気、あなたの声で完全にブチ壊し。
「天内さーーーんっ!!」
さらに優美な雰囲気を壊す大声が、縁側の向こうから聞こえて来た。
ドタバタと床を踏み鳴らし、濃紺の袴姿の少年が走ってくる。
あ、凍雨くんだ。
「おーい、凍雨くん。もう会議は終わったの?」
あたしはヘラヘラ笑いながら彼に手を振った。
実は今日は、あたしの仲間が屋敷に全員集合してる。
今朝になって突然、急に当主会議が開かれることになったんだ。
それで各一族の当主たちが、緊急で呼び集められた。
氷血の一族の当主、凍雨くん。
権田原一族の当主、お岩さん。付き人のセバスチャンさん。
端境一族の当主、マロさん。その新妻の塔子さん。
この全員がそろうのは久しぶりだよねー。
せっかくだから、この後みんなでランチしようよランチ。
天ぷらソバ食べない?
「ここのソバ、十割ソバなんだよ。知ってる? 十割ソバってね、つなぎを使ってないってことなの」
「天内さん!」
「十割ソバの麺を美味しく打つのって、そりゃもう高度な技術が・・・」
「天内さん! 美味しいソバ粉の含有率の講習してる場合じゃないです!」
凍雨くんが、薄茶色の大きな目を見開いて叫んだ。
少年らしさの残る、可愛げのある表情が緊張している。
「すぐに・・・今すぐここから逃げてください!」
・・・・・・・・・・・・。
へ?
あたしはキョトンとして、凍雨くんの顔を見上げた。
ヒザの上に丸まっていた絹糸が、ゆっくりと顔を上げる。
ニコニコしていたしま子の顔から、笑顔が引っ込んだ。
三人そろって、凍雨くんの血相変えた表情を見つめる。
逃げろ? 逃げろって言った?
どうしたの? いきなりそんな物騒なことを・・・・・・。
そこであたしはハッとして立ち上がり、叫んだ。
「まさか、異形のモノが現れたの!?」
門川の敷地内が、異形のモノに襲われたとか!?
だったらあたし、逃げてなんかいられないよ! 門川君を守らなきゃ!
「ち、違います! 敵の襲撃じゃありません!」
凍雨くんが、薄茶の髪をブンブン振って否定した。
なんだ、違うのか。あぁビックリした。
だって凍雨くん、すごい表情してるんだもん。
エマージェンシー発令かと思っちゃったよ。
「小僧、どうした? なにをそんなに慌てておる?」
絹糸が金色の目で、凍雨くんを見上げた。
しま子も不思議そうに首をかしげて、凍雨くんを見ている。
頭の上に乗ってた小人さんが、おーっとっと、と慌ててしま子のツノにしがみ付いた。
「説明してる時間がありません! とにかく逃げて!」
でも凍雨くんはそれに答えず、せっぱ詰った様子で繰り返すばかり。
そしてあたしも、ますますキョトンとするばかり。
異形のモノの襲撃じゃないの?
だったらあたし、いったい何から逃げりゃいいわけ?